追跡を続ける猟犬
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──追跡を続ける猟犬
マーヴェリックの件が空振りに終わったのは許しがたいことだった。
どうにかして、この女の身元だけは判明させておきたい。
そう思ったフェリクスはかつてのイージスライン・インターナショナルの社員に聞き込みをした。何か知っている人間はいるかもしれないと。
「ああ。そいつなら元
コントラクターのひとりから、そう情報が得られたフェリクスは
フォート・ブラック。そこに
「隊員については機密事項になるので何も喋れない」
確かに特殊作戦部隊の構成員の機密性は高い。彼らは報復の危険性に晒されていると同時に、生きた機密情報だ。迂闊に正体を明かして、元特殊作戦部隊の隊員が殺されたり、機密情報が盗まれたりすれば不味いことになる。
「ですが、こいつらはドラッグカルテルに協力している。証拠もあります」
フェリクスはそう言って、マーヴェリックとアロイスの写っている写真を見せた。
「何かしらの秘密作戦に従事している可能性もある。もしかすると、君たちにとって利益になるかもしれない作戦に」
「戦場で殺されかかったんですよ? それでも忠誠心は“国民連合”にあると?」
「……確に彼女たちと戦場で鉢合わせたならば不幸だというほかない。我々は常に最高の人材を生み出している。国家への忠誠心に厚く、かつ特殊作戦への適応力が高い人材を。時として国家を裏切っているように見えるかもしれないが、最終的には“国民連合”の利益になる。そういうものなのだ」
司令官は諭すようにそう言う。
「ドラッグカルテルを助けることが“国民連合”への利益になると?」
「世の中は複雑怪奇だ。そう言うものだと思うしかない」
フェリクスの問いに司令官はそう答えた。
「どうしてもというならば、彼女の故郷についての情報を教えてもいい。だが、決して口外はしないように。一応、機密保持の宣誓書にもサインしてもらう」
「わかりました。しましょう」
フェリクスは10枚に及ぶ中央と軍と個人に関する機密保持の宣誓書にサインした。つまり、これで分かった情報は捜査には使えない。
それでもフェリクスは知りたがっていた。堕ちた特殊作戦部隊の隊員について。
「では、これが彼女の故郷についての情報だ。メモすることも、持ち出すこともできない。ここで読んで、それで出ていってくれ」
司令官はそう言って数ページほどの書類を差し出した。
フェリクスはそれに目を通す。
南部の出身。高校卒業後軍に所属。その後
「今、彼女の故郷はどうなっているんですか?」
「把握していない。気になるならば自分で確かめたまえ」
司令官はあまりマーヴェリックについて語ろうとはしなかった。
フェリクスはフォート・ブラックをでると、国内便で次は再び南部に向かう。
南部でフェリクスはマーヴェリックの故郷を訪れる。
「何も残っていないな……」
マーヴェリックの生まれ育った家というのは、売地になっていた。
「すみません。以前ここにサウスエルフの純血の子供が住んでいませんでしたか? 名前はマーヴェリックというのですか」
「混血に話す話なんてねえよ」
畜生。本当に南部は純血種至上主義者が多いんだなと新ためてフェリクスは実感した。混血であるフェリクスに情報を語ろうとする人間はほぼいない。
それでもいくつかの情報は分かった。
ここには民兵の一家が暮らしていたということ。夫は死んだが、妻は老人ホームに入っているということ。かなり年の離れた一家だったということ。
噂では民兵の夫がマーヴェリックを拾ってきたということだった。
「本当ですか?」
「さあな。だが、今さら子供でも作るような年齢でもなかったし、保安官事務所で慌ただしくしていた後に子供がいた。拾ってきたんじゃないかって噂だ、噂。南部の人間はあまりよそ様の家庭環境に口出ししないのさ」
まるでマーヴェリックのことを嗅ぎまわっているフェリクスを非難するように街の人間はそう言った。
フェリクスは一縷の望みをかけて、民兵の妻がいるという老人ホームを訪れた。
「彼女です。ここ最近はあまり記憶がはっきりしてませんが……」
「ありがとう」
老人ホームのスタッフの案内でフェリクスは民兵の妻に会った。
「初めまして、ミズ。お話をよろしいでしょうか?」
「なにかしら? 税金の話なら夫に聞いて頂戴」
「税金の話ではありません。お子さんの話です」
大丈夫だろうかと思いながらもフェリクスが尋ねる。
「ああ。マーヴェリックね。マーヴェリックは夫と狩りに行っているわ。あの子は狩りが大好きなの。きっと夫の教育がよかったのね。立派な南部の人間に育っているわ。マーヴェリックのことをご存じ?」
「少しだけ。お話をお聞きしたいのですが……」
「ウサギを狩ってくると言っていたし、冷蔵庫にはウサギ肉があるから今日はウサギパイね。さあ、準備を始めなくっちゃ」
民兵の妻は部屋から出ていこうとする。
「ダメですよ。ちゃんと部屋にいなくちゃ」
「でも、ウサギパイを……」
「私たちが焼いておきますから」
「そう?」
完全に認知症だなとフェリクスは思う。
これではまともな情報は期待できそうにもない。
「あの子はね。本当は私たちの子供じゃないの」
そこで民兵の妻が突如としてそう言った。
「夫が保護した子供なの。私たちは子供を望んでいたけれど、どうしてもできなくて。そうしたら夫が子供を保護して戻ってきたの。綺麗な銀髪のサウスエルフの子。純血よ。なんでも変な集団にサウス・エデ連邦共和国から人身売買で連れて来られたそうなの」
フェリクスはただ頷きながら話を聞く。
「あの子は優しい子だったわ。今でも私がここで暮らすためのお金を送って来てくれている。なにひとつ不自由するようなことがないようにって。あの子はとても優しい子なの。私たちの可愛い、可愛いマーヴェリック……」
民兵の妻はそう呟き続けると、窓際でじっと外を見つめ続けた。
まるでそこに夫と娘がいるかのように。
「お話、ありがとうございました。感謝します」
畜生。誰にでも家族はいるとは知っていたが……。
フェリクスはそう呻き、資金の流れを追うために老人ホームの会計を訪れた。
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