捜査は進まず
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──捜査は進まず
州警察は窃盗の容疑で、末端の売人を逮捕し、荷物からスノーパールが見つかったことで容疑を非合法薬物の所持と売買に切り替えた。
「誰からこれを買った?」
「黒いウィンドブレーカーを着ている男から……」
「そんな人間が西部に何人いると思っているんだ! 具体的な名前を言え!」
「名前は知らない! 知らないんだ!」
州警察の刑事が尋問する様子を、フェリクスはマジックミラーの向こう側から見ていた。州警察は麻薬取締局による直接の尋問は認めなかったが、尋問の場に立ち会うことにだけは譲ってくれた。
フェリクスは今年で29歳の若手の捜査官だ。背丈は180センチと大柄。海兵隊で鍛えられた肉体をしている。そして、スノーエルフとサウスエルフの混血であることを示す褐色の肌をし、少し癖のある黒髪をオールバックにまとめている。一見しては麻薬取締局の捜査官と分からないビジネススーツ姿で、尋問の様子を眺めていた。
「司法取引を持ち掛けてみては?」
「我々の仕事だ。見ているのは自由だが、口は挟まないでくれ」
フェリクスがそう言うと、同じくマジックミラーのフェリクスの側にいる州警察の刑事が不愉快だという表情を浮かべた。
どの道、司法取引は持ちかけるだろうとフェリクスは思った。
だが、この哀れな末端の売人にどれだけの情報的価値があるかだとも思う。
「スノーパールがこれだけの量になると懲役15年は行くぞ。ヤク中にとって刑務所は地獄だ。離脱症状で地獄を見ることになる。そうなったお前を誰も助けてくれやしない。ヤク中には価値がないからだ」
末端の売人は黙り込んでいる。
自分の人生と他人を売ることを天秤にかけている顔だ。
「司法取引をすれば見逃してやる。どうする?」
「しないよ。誰かを売ったりはしない」
ドラッグビジネスに関わるほとんどの人間に言えることだが、連中は仲間を売ることを恐れている。というのも、報復が恐ろしいからだ。
ドラッグビジネスに関わる人間は上に上行けば行くほど暴力的になる傾向がある。殺しにためらいがなく、暴力にためらいがない。そのような人間たちを敵に回すのは、正直言って馬鹿のやることだ。
“国民連合”側で取引をしている連中もそれなりの暴力を示したのだろう。その効果は末端の売人にまで及んでいるということだ。
「取引を断れば15年ムショの中だぞ。15年だ。お前は老いぼれて、ヤクを買う金もなく、呆然とするだけだ。ここで取引すれば、刑期を軽くしてやる。療養施設送りになるだけで済むかもしれない」
「無理だ。俺は本当に何も知らないし、誰かを売れば報復が待っている。このままムショに入った方がいい。連中は必ず報復をする。必ずだ」
末端の売人はそう言って何も喋らなくなった。
「誰を恐れているのか、聞いてくれませんか?」
「彼に任せろ」
フェリクスの提案はまたしても無視された。
「実際に報復された奴を見たことがあるのか?」
「ある。あんたら警察は所詮はヤク中の事件だと思って調べもしなかっただろうが、知り合いのヤク中がパクられたとき、奴はどこで取引しているのかをべらべらと喋って、無罪放免になった。だが、そのすぐ次の日、そいつはゴミ捨て場で見つかった。拷問された跡があった。酷い状態だった」
「それなら調べている」
「何かわかったのか?」
「捜査情報をヤク中に喋るほど馬鹿じゃない」
刑事はそう言って、末端の売人を見つめ続ける。
「彼が言ったことは本当ですか? 証人保護は?」
「そいつが言った取引現場を調べたが、何も見つからなかった。ヤク中の戯言だ」
「なら、どうして殺されたんですか?」
「きっとヤクをくすねたんだろう」
フェリクスは州警察の杜撰な捜査に頭痛がしてきた。
「ちゃんと調べてください。犯人がドラッグ取引の重要人物だという可能性もあります。それに彼らは売人が逮捕されたことを知ることができる立場にあるとみるべきです。この売人も既に逮捕されたことは知られているでしょう」
「我々の仕事に口を出さないでもらおうか」
話にならない。フェリクスはうんざりした。
州警察のやり方では売人が死んでいくだけだ。下から上に上るやり方などできるはずもない。売人が喋らなければ、誰が西部においてドラッグビジネスの中心的立場いあるのか分からないというのに。
「州警察の中に連中に買収されている人間はいませんね?」
「君は我々に喧嘩を売りに来たのか?」
「そうでもなければおかしいでしょう。売人が逮捕されて、調査されて、何もないと分かったのに報復を受けるなんて。売人がどこかで喋ったという情報を警察の中から外部に持ち出した人間がいるんじゃないですか?」
フェリクスはそう訴える。
「話にならん。中央政府の捜査官を受け入れただけでも譲歩したというのに、それに加えて我々が汚職に手を染めているなどと疑うとは」
刑事はそう言って、フェリクスに出ていけというように扉を親指で指さした。
「内部監査を行ってください。必ずです。そうでなければ自分が告発します」
「脅してるのか?」
「そうならないようにするための選択肢は提示したつもりですが」
フェリクスはそう言い残して、取調室を去った。
売人たちの中から協力者を得なければ、売人たちにドラッグを配っている人間の正体が分からない。間違いなく、相手は大規模な組織だ。それでいて“連邦”のドラッグカルテル並みに残酷でもある。
だが、売人たちは恐怖を見せつけられた。
売人たちはほとんどがヤク中だが、ただのヤク中よりも賢い点がある。それは情報収集の面に置いてだ。どこからどこまでが誰の縄張りで、次の取引場所はどこで、上納金をいくら納めれば上が納得するかの情報を常に集めている。
他の売人が逮捕されたという情報も手に入れるのは早いだろう。
だが、売人に分かるのは逮捕されたところまでだ。そこから先のことは分からない。
それでも西部でドラッグビジネスを仕切っている人間はすぐに取引場所を移した。売人が逮捕されたことによる予防措置ならば、売人をわざわざ拷問して殺す必要はない。
やはり警察内に内通者がいる。
フェリクスは一番目立つ位置にある公衆電話にコインを入れる。
そして、麻薬取締局本局にある局長のスコットに向けてダイヤルした。
「スコット? ええ。全然ダメです。州警察は腐ってます。中に汚職警官がいて、こちらの情報は漏れるだけです。捜査に協力的でもありません。正直なところ、連中は警察学校で銃の撃ち方だけ習って卒業したんでしょう。それぐらいダメな警官の集まりですよ。そうです。ここはゴミ溜めみたいなものです」
フェリクスは回りにいる警官たちに聞こえる声で州警察を罵り続けた。
「フェリクス・ファウスト特別捜査官!」
やがて先ほどの刑事がやってきた。
「どういうつもりだ!? 本当に喧嘩を売りに来たのか!?」
「喧嘩を売っているのはどっちですか! こんなアマチュアしかいない田舎の警察では話にならない。我々のようなプロに捜査を任せておけばいいんです!」
「ふざけるな! すぐに出ていけ!」
「言われなくとも出ていきますよ!」
フェリクスは刑事にそう吐き捨てて、警察署を出ていった。
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