フェリクス・ファウスト特別捜査官
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──フェリクス・ファウスト特別捜査官
ある男の話をしよう。
男は祖国のために海兵隊に入り、国のために戦った。
その国のための戦いというのは共産主義との戦いだった。
夥しい血が流れた戦争だ。
ナパーム弾が密林を焼き払い、指向性爆弾を巻きつけた装甲車が闊歩し、水路を
地獄のような戦争だった。それでいて“国民連合”は戦争に敗れたのだ。
男は海兵隊の
だが、戦争そのものは負けだった。
男たちは敗者として国に帰り、新しい人生を始めた。
男は正義感が強く、法に関わる仕事がしたいと思っていた。だから、彼はロースクールに入り、法律について学んだ。彼が司法試験に合格したとき、“国民連合”に新しい組織が生まれていた。
男はかつての海兵隊の上官に誘われてその新しい捜査機関に入局した。
というのも、男にはドラッグに対して確執があったのだ。
彼の戦友のひとりが、ドラッグのオーバードーズで死んでいたのだ。使用されたのはスノーパール。ドラッグでできた真珠を砕き、少しの水と熱で溶かし、注射することで摂取していた。男の戦友はあの戦争の思い出から逃げたかったのだ。
だが、スノーパールの毒性は強力だった。男の戦友は死んだ。
ひとりだけではない。何人もの戦友たちがあの辛い戦争の思い出から逃げるためにドラッグに手を出し、オーバードーズで死んでいった。
だから、男は麻薬取締局に入局した。
最初に言いつけられた仕事は『ブラックナイト作戦』だった。
大層な名前がついているが、実際はただのおとり捜査だった。その代わり大規模な。
“連邦”から流入するドラッグが一度“国民連合”側にあるドラッグカルテルの施設に集められることは分かっていた。そして、そこから小売業者に引き渡されることも。
麻薬取締局が計画した『ブラックナイト作戦』ではその施設の位置を探り、一斉摘発を行うために捜査官たちが小売業者を装ってドラッグカルテルに接触することになっていた。本物のギャングも使用し、『ブラックナイト作戦』は実行に移された。
結果から言えば、『ブラックナイト作戦』は失敗だった。事前に情報が漏洩しており、ドラッグカルテルに接触したギャングは射殺され、捜査官も重傷を負った。男はバックアップに付いていたが、ドラッグカルテルについて何ひとつ掴むことはできなかった。
そして、今、新しい作戦が持ち上がっていた。
「西部一帯でドラッグが蔓延している」
そう言うのはハイエルフの男。麻薬取締局局長スコット・サンダーソンだ。
「これまでのドラッグカルテルのやり方は鯉の餌やり方式だった。小規模なドラッグを地元のギャングを使って売買する。だが、連中はやり方を変えたようだ。地元のギャングを締め上げても、ドラッグに関わっているものは見つからなかった。いつものようにヤク中のギャングは見つかったがな」
部屋の中に失笑が漏れる。
「ともあれだ。連中は戦術を変えてきた。これまでのような小規模のおとり捜査では間に合わない。敵のパイプラインを爆破してやらなければならない。ドラッグのパイプラインだ。連中は何かしらの方法を思いついている」
すぐに失笑が収まる。
「地元のギャングを全て締め上げたのですか?」
「ほぼ全て、だ。流石に完全には無理だ。令状が足りない。だが、日ごろから犯罪行為を行っているような連中は別件逮捕で州警察と合同で締め上げている。結局のところ、何もでてきはしなかったが」
男が尋ねるのにスコットが首を横に振る。
「では、連中はプロを雇ったということでしょう。ちんけな犯罪には手を出さず、尻尾をみせない。そして、ドラッグカルテルが大規模な取引を行えると判断したほどに信頼のおける連中を見つけたということです」
「だとして、どうやって連中を見つけ出す?」
「方法はふたつです。ひとつは末端の売人から徐々に上に登っていく方法。時間はかかりますが確実です。もうひとつは対抗組織方式。その信頼のおける連中に勝る規模の資金力を示し、ドラッグカルテルに接触する。焦った取引相手が出てきたところを」
ズドンというように男は指で拳銃の形を作り、ホワイトボードを指さした。
ホワイトボードには西部一帯で確認されたドラッグの量が記されている。それは今年に入ってから10倍近い量に増えていた。確認されただけでこの量なのだから、当局が把握していないドラッグの量はさらに多いだろう。
西部ではドラッグクライシスが起きていた。
だが、麻薬取締局はまるで物事を把握できていない。
そもそも西部にドラッグを流しているのが“連邦”の4つのドラッグカルテルのうちのどれなのか。どうやってドラッグを越境させているのか。どこで取引を行っているのか。まるで分っていない。
そうであるからこその局員たちの焦りがあった。
「対抗組織方式は却下だ。『ブラックナイト作戦』は大失敗に終わった。ヤク中や小売りの売人ならともかく、ドラッグカルテルを相手におとり捜査をするのはリスクが高すぎる。まだ『ブラックナイト作戦』のように失敗すればここにいる全員の首が飛ぶぞ」
スコットはそう言って男を見た。
「では、地道にやるしかありませんね。州警察の協力は得られるのですか?」
「難しいところだ。州警察はドラッグの流入を自分たちの問題だと考えている。我々が出しゃばることにいい顔はしないだろう。君なら説得できると思うかね?」
「州警察の顔を立てつつ、捜査も行うということですね。この手の作戦は地元警察との連携が大事です。ところで、レニ都市警察はどうなんです?」
「交渉の余地は全くない。レニは自由都市だ。自分たちのケツは自分たちで拭くと言って譲らない。捜査情報のひとつも共有しようとはしない。レニ都市警察が無能だとは言わないが、彼らのレニは組織犯罪の温床だよ」
「レニが怪しいと思うのですが」
男はレニこそが西部におけるドラッグの蔓延の中心地なのではないかと思っていた。レニ都市警察は無能ではない。捜査能力は平均以上だ。だが、それは彼らがレニで起きた殺人事件やヴェンチャー企業の金融犯罪などを解決する場合においてであり、ドラッグという国境を跨いだ犯罪の捜査においては有能とは言えないからだ。
国境を越えた広域な捜査においては連邦政府──“国民連合”中央政府の情報機関との情報の共有と連携が必要になる。それがなければ事件の全体像が掴めず、事件の一部しか見えてこない。それではドラッグカルテルは始末できない。
「フェリクス・ファウスト特別捜査官。レニを除いた西部におけるドラッグ流通の流れを追ってくれ。人員は必要な人間を連れて行っていい。どうにかして、ドラッグカルテルからドラッグを買い取っている連中を捕まえて、ムショに叩き込むんだ」
「了解」
男──フェリクス・ファウスト特別捜査官は力強く頷いた。
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