アロイス=ヴィクトル・ネットワーク

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 ──アロイス=ヴィクトル・ネットワーク



 ヴィクトルはアロイスを信頼し、最初のスノーパールの取引が始まった。


 最初の1回ははアロイスが費用を負担した。ハインリヒもアロイスのやり方に同意し、最初の取引の費用は割り引いたものになった。


 “国民連合”の留学生たちはスノーパールを運ぶ。遊ぶ金を作るために、ドラッグを買う金を作るために。まさか自分たちの運んでいる品が警察や国境警備隊に見つかったら、懲役10年は食らうということも理解せずに。


 “国民連合”に運ばれたドラッグは一度カルテルの人間が受け取る。


 それからヴィクトルたちに渡される。


 最初の運ばれるスノーパールは小分けになどされていない。ビーズを詰めた袋のようにして運ばれ、そのままヴィクトルたちに渡される。最初は無料。次からはそれ相応の代金を支払って。


 ヴィクトルたちはアロイスに小売価格を自由に設定していいかと尋ねていた。アロイスはイエスと答えている。300ドゥカートでも400ドゥカートでも1000ドゥカートでも好きな値段で売ればいいと言っていた。


 もっとも高くしすぎれば、主要な客である貧困層が手を出せなくなるが。


 まあ、アロイスとしては仕入れ値である5ミリグラムに対して100ドゥカートをちゃんと支払ってくれれば問題はない。その後の儲けはヴィクトルたちが好きにしてもらっても問題はないくらい儲けられる。


 アロイスは纏まった取引先が欲しかったし、ヴィクトルたちは打ってつけだった。


 ヴィクトルたちも多額の利益をのそのまま懐に入れるわけではない。売人を雇っておくためにも、警察を買収しておくためにも、スノーパールの保管場所を確保するためにも、その他もろもろのためにも、金は出ていく。だが、彼らの利益が決して少ないということはない。だからこそ、彼らは取引を続けるのだ。


 スノーパールは“連邦”から“国民連合”に流れ続け、莫大な利益が計上され続ける。つまりは、ドラッグが“国民連合”の客の下に届いているということ。それはドラッグに嵌るヤク中が増え続けているということ。


 そのことにアロイスは心を痛めたりしない。不特定多数のヤク中がオーバードーズで死のうが、破産しようが知ったことではなかった。


 彼は彼で自分の生き残りに苦労しているのだ。


 アロイス=ヴィクトル・ネットワークはほぼ完成した。


 スノーパールが流れ、金が流れ、莫大な金がアロイスの懐に入ってくる。ヴィクトルから商品の催促があれば、“国民連合”の留学生を売人にし、密輸する規模を増やす。当初は30キログラムだった密輸量は数を増して60キログラムになる。


 倍の規模の流入にもヴィクトルの外国人部隊ギャングは応じ続け、着々と利益を上げてはアロイスたちからドラッグを購入していく。


 アロイス=ヴィクトル・ネットワークのもたらす富は膨大なものとなる。アロイスの懐にはハインリヒに収める5割の金を差し引いた数億ドゥカートの金が舞い込む。


 ハインリヒもアロイス=ヴィクトル・ネットワークには満足していた。これまでのように小さなギャングを頼らずとも、大規模なドラッグ取引ができるというのは、彼にとって実にありがたいことだった。


 これまでは小さなギャングを頼っていたのだが、その小さなギャングというのは取引額が少額だったし、彼ら自身の縄張り争いによって販売が滞ることが多々あったし、警察による検挙率も高かった。


 だが、アロイス=ヴィクトル・ネットワークにはそのような弱点はない。


 ヴィクトルのギャングは元外人部隊で編制されており、組織的だ。下手に喧嘩を売ろうとするギャングはいない。彼らがくだらない縄張り争いに煩わされて、取引が滞ることはないのだ。


 そして、彼らはプロフェッショナルだった。どうすれば警察の検挙を免れるかを知っている。彼らの一部は共産主義との戦いでドラッグを扱っている。商品に手を出すような馬鹿はいないし、客は選ぶし、警察の目を掻い潜る手段を知っていた。


 これまでのギャングとの取引を潰れるかもしれない商店街の小さな小売店との取引だったとすれば、アロイス=ヴィクトル・ネットワークは強固なコンビニフランチャイズのようなものだ。24時間365日。ドラッグを休まず確実に売買していく。


 ハインリヒは取引額が大幅に増えたことを評価し、アロイスの取り分を7割に上げた。


 アロイスが現在アロイス=ヴィクトル・ネットワークで取り扱っている60キログラムのスノーパールならば、8億4000万ドゥカート。


 それが毎月アロイスの租税回避地タックスヘイブンにあるプライベートバンクにある口座に振り込まれる。資金は何重にも洗浄されており、金融犯罪の専門家が調査しても、これがドラッグマネーだということを理解できる人間はいない。


 アロイスはアロイス=ヴィクトル・ネットワークからもたらされる利益を眺めながら思った。これではまだ少ない、と。


 もっと金がなければ暴力は揃えられない。暴力がなければ、権力は手に入らない。権力がなければハインリヒの間違いを正せない。


 それがアロイスの破滅を意味するし、彼の平穏が遠のくことを意味する。


 アロイスは入ってくる金を散在するようなこともなく、普段通りに過ごした。


 ただの暴力を手に入れるならばアロイス=ヴィクトル・ネットワークから得られる利益だけで手に入れることができる。事実、アロイスはヴィクトルのブロークンスカルというギャングの暴力を買っているようなものだ。


 ヴィクトルはプロだ。元外人部隊。だが、アロイスのために暴力を振るう気はないだろう。少なくともアロイスの私兵にはなってくれない。そして、ヴィクトルは年を取りすぎている。


 若く、プロの暴力を手に入れるにはもっと金がかかる。彼らに対する報酬は8億ドゥカートほほどでは収まらない。年間契約として、ひとり当たり5億ドゥカート。中隊規模として1000億ドゥカートは考えておくべきだ。


 危ない仕事を頼むときは別料金となるだろう。そのことも考えなければ。


 ドラッグビジネスは儲けも大きいが必要経費も大きいとアロイスは思う。


 もっとも、アロイス=ヴィクトル・ネットワークは最初の仕事だ。本当の意味での最初の仕事だ。大学でのドラッグビジネスなど小遣い稼ぎにすらならない。


 これからもっと利益のある取引を開拓し、アロイスの帝国を強固なものとする。


「ビジネスは順調かい、色男さん」


「まあ、ほどほどにね。君から紹介してもらったヴィクトルさんはいい人だったよ」


「本当に?」


「銃口を突き付けられたぐらいで、大金をもたらしてくれる」


「銃口を?」


「そう。俺を撃ち殺してやるって」


 マーヴェリックはアロイスのアパートメントでその話を聞くと爆笑した。


「あんた、自分を撃ち殺そうとした相手と商売してるのか?」


「撃ち殺した人とは取引できないけれど、撃ち殺そうとした人ならば取引できるだろ」


「そりゃそうだ」


 マーヴェリックはくすくすと笑っている。


 アロイス=ヴィクトル・ネットワークは今も富を生み出し続け、“連邦”の捜査機関も“国民連合”の捜査機関もその実態をつかめていなかった。


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