キャンパスライフ&ドラッグビジネス
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──キャンパスライフ&ドラッグビジネス
アロイスはハインリヒの言いつけ通り“国民連合”の大学から“連邦”の大学に移った。レベルは“国民連合”の大学よりも落ちるが、大学に通えるだけまだマシと思わなければならない。中には学費の問題で大学に通えず、働く人間もいるのだ。
逆にそれが意味するのは大学に通うような人間には金があるということ。
アロイスのドラッグビジネスとのかかわりあいは大学で始まる。
「大学生活、どうだい?」
アロイスは学生たちに声をかける。
親元を離れ、それでいて親元からの仕送りはあり、キャンパスライフをエンジョイしている学生たち。“連邦”で大学に通えるのは金持ちばかりだし、“国民連合”からの留学生も金持ちだ。
金があれば使いたい。刺激的に。最高にイケてる感じに。
車、バイク、旅行、酒。
それでも刺激が足りなければ?
ドラッグだ。
スノーホワイト。これが全てのドラッグの生みの親だ。
スノーホワイトから精製される薬物は1930年代まで合法だった。スノーホワイトそのものもドラッグストアや錬金術店で買えるような品だった。珍しくもなんともなく、鎮痛剤として医師は気軽にスノーホワイトから精製される薬物を処方していた。
だが、1940年代になると事情が変わった。
第二次世界大戦で鎮痛剤として処方された薬物の中毒になる患者が続出したのだ。それは社会現象になり、第二次世界大戦における退役軍人たちの半数が何らか薬物の中毒症状を患うことになった。
第二次世界大戦後、創設された国連でこの問題が話し合われ、国際的な薬物規制が検討される。だが、何の条約も批准されなかった。
ただ、各国の事情に任せるという処置で終わり、“国民連合”はスノーホワイトに関わる一切のドラッグを規制した。
しかしながら、スノーホワイトに関するドラッグの全てが全て、命の危険に晒されるほど危険なわけではない。中にはちょっとした刺激を与えてくれるだけのドラッグもある。いわゆる初心者向けドラッグ。専門用語を使えばゲートウェイドラッグ。
文字通り、ドラッグという沼に入り込むための入り口のようなドラッグだ。
危険性はないか? もちろんある。ゲートウェイドラッグはそのままの意味で入り口だ。やがて慣れていき、より刺激の強いドラッグを求めるようになる。そうやって人は破滅への道を進むのだ。
アロイスの最初のドラッグビジネスへのかかわりは、このゲートウェイドラッグの密売から始まった。大学において、刺激を求める学生たちにドラッグを売りさばくのだ。
大学はヴォルフ・カルテルの縄張りにあり、警察は買収してある。なので、アロイスは安心してドラッグを売ることができた。
金があって、大学の講義よりも自由と民主主義、現在の“国民連合”政府が掲げる極端な反共主義に反発する運動に関心のある学生はよく釣れた。連中はだらしなく、恩知らずで、馬鹿だからだ。
「40ドゥカート。4袋頼む」
「ぶっ飛びすぎるなよ」
アロイスはそう言ってプラスチックの袋に入った煙草状に加工されたドラッグを渡す。それを受け取った髭面の学生はにやりと笑うと袋を受け取り、自分と同じくらい馬鹿なガールフレンドを連れてアロイスの下を去った。
あの手の連中はドラッグをキメることを、親への反抗、国家への反抗だと思っている。馬鹿な話だ。ドラッグをいくらキメたって世界は変わりはしない。自分の身を滅ぼしていくだけだ。身を滅ぼしたいならご自由に。
アロイスはそう思いつつ、ドラッグビジネスを続けた。
最初に彼女に会ったのはやはりドラッグビジネスの場だった。
「面白いものを売ってるんだって?」
艶やかな褐色の肌に煌めくような銀髪を肩まで伸ばしている。サウスエルフだ。
スタイルは抜群で、タイトなジーンズとTシャツから浮かぶ体のラインは上から下まで文句のつけようがないようなスレンダーな美人。ただ、その目に不気味に輝く赤目の三白眼だけが彼女を見るものに不安をもたらしていた。彼女の瞳孔はぐるぐると渦巻き、何もかもを飲み込んでしまいそうだった。
だが、アロイスは一発で彼女に惚れた。
「ああ。面白いものを扱っているよ。誰かの紹介?」
「ちょいとね。あたしはマーヴェリック。あんたは?」
「アロイス。初回はサービスするよ」
「いいや。あたしはドラッグは遠慮しとく。ただ、どういう人間がスノーホワイトを扱っているか拝みに来ただけだ」
アロイスはぎょっとした。
「警察?」
「内緒。女は秘密があった方がいいだろう?」
警察は買収してある。それにアロイスのやっているようなケチな商売に顔を突っ込むほど“連邦”の捜査機関は暇ではないはずだ。
「“国民連合”の留学生だろ?」
「正解。“連邦”の文学を学びに来た。言語研修ってやつだね」
マーヴェリックと名乗った女子学生は怪しげな笑みを浮かべて見せた。
「趣味は?」
「セックス、ドラッグ、バイオレンス。ぶっ飛んでるほど過激な奴が好きだ。どうしようもなく救いがなくて、どうしようもなく堕落していて、どうしようもなく悲惨で、どうしようもなく暴力的な作品が好み」
「いい趣味してるね」
俺の人生そのものだなとアロイスは思った。
「スノーホワイトにはどうして興味を?」
「なんとなく。てっきり、もっと強面のギャングみたいな奴が売りさばいていると思っていたが、いたのはあんただ。結構なギャップだよ。どこから見ても優等生って面した男が、スノーホワイトを馬鹿なヒッピーどもに売りさばいているのは」
「まあね」
今のアロイスは10年後のアロイスと違って顔に苦労を重ねていない。まだ純粋な青年の顔をしていた。体は鍛えられる。アロイスは毎日のランニングを欠かさないし、今は軍用格闘術を教わっている。
それでも顔の形ばかりはそう簡単に変わるものではない。
「ま、あたしはあんたの客にはならないけれど、酒なら付き合うよ」
「いいね。早速今晩どう?」
「いいよ」
アロイスは昔はこんなに女性にほいほい声がかけられるほどの男じゃなかった。だが、ドラッグカルテルの幹部を10年間務めるという彼の経験が、この手のことへの抵抗感を失わせていた。
刹那的な関係。体だけの関係。
アロイスは知っている。家族や恋人の存在はドラッグカルテルのボスとして弱点になることを。10年間、アロイスはその手の脅迫行為を行ってきたし、実際に関係者の家族を殺すということもやった。
だから、こういう関係のみに留めておく。本気にはならない。なってはいけない。
まさにどうしようもなく救いがなくて、どうしようもなく堕落していて、どうしようもなく悲惨で、どうしようもなく暴力的。それがアロイスが過ごした10年間だった。
アロイスは今も金持ちだ。その手の関係には苦労しない。だが、相手は選ぶ。相手が本気になるようでは困るからだ。マーヴェリックはその点でそういう執着はなさそうで、それでいて面白そうな女性だった。
酒を飲みながら楽しく会話し、一晩過ごしてさようなら。
全く以て堕落そのものだ。
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