ドラッグビジネスのプレイヤー
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──ドラッグビジネスのプレイヤー
母の葬儀はその日のうちに始まった。
だが、ハインリヒの心にあるのは妻への悲しみではなく、この場を利用して息子のことをヴォルフ・カルテルの幹部や、他のドラッグカルテルの幹部たちに示すことにあった。そこがアロイスは気に入らなかった。
父は母を愛していなかったのではないか? そう思ってしまう。
「アロイス。来なさい」
「はい、父さん」
アロイスは喪服である黒のスーツに袖を通し、黒いネクタイを締め、ハインリヒの後についていく。母の葬儀には大勢の人間が集まっていた。
ほとんどの人間はスノーエルフとサウスエルフの混血だ。黒髪に褐色の肌。誰もが一様に悲し気な表情を浮かべている。
だが、どこまで本当に悲しいのか分かったものではない。
このノイエ・ネテスハイム村の住民は本当に悲しんでいるだろう。母さんはこの地に暮らす恵まれない農家を支援し続け、食べていけるだけの作物が作れるようにした。母さんは植物学者でその手の知識が豊富だった。
思えば父も母の知識が目的で結婚したのかもしれない。
村の人間でないものたちは明らかに浮いているので分かる。
高級なスーツに靴。見せびらかすかのようなスポーツカー。それぞれ1名ずつの護衛。護衛の胸が膨らんでいるのは銃を隠し持っているからだ。
そいつらがやってきてハインリヒにお悔やみを伝える。
「この度は残念です、ハインリヒの旦那」
「ああ。残念だ」
嘘だ。嘘だ。嘘だ。誰も母さんの死を残念だとは思っていない。
交渉の場を作るための口実に過ぎない。
「息子のアロイスを紹介しよう。アロイス、彼がシュヴァルツ・カルテルのボスのドミニクだ。彼とは長い付き合いになることだろう」
「ドミニク・ティートリヒだ。よろしくな、若旦那」
男は屈強な護衛を連れ、喪服に身を包んでいたが、首元にバラバラに破壊される首輪の入れ墨が描かれていた。
皮肉なものだ。一番盤石だと思われていたシュヴァルツ・カルテルはその存在感が大きかったばかりに1度目の人生では真っ先に潰され、ドミニクは警察と軍隊に追われ続け、最期は野良犬がごとく殺されるというのに。それなのに首輪を破壊する入れ墨とは!
「よろしく、ドミニクさん」
アロイスはただただ感情を殺して握手した。
シュヴァルツ・カルテルは1度目の人生では壊滅した。2度目の人生ではどうなる?
ドミニクが去ると、次のと男がやってくる。
「奥様の件は本当に残念です」
「わざわざきてくれてありがとう」
次はキュステ・カルテルのボスであるヴェルナー・ヴィスリツェニーだった。キュステ・カルテルの今の立場はあくまでヴォルフ・カルテルの傘下だ。そのためか目立つ入れ墨やスーツはなしである。
だが、1度目の人生でキュステ・カルテルが揉め事を起こし、ヴォルフ・カルテルがそのごたごたに巻き込まれることを知っている。人死にが増え続け、アロイスの精神が摩耗するような羽目になることを知っている。
「アロイスを紹介しよう。私の息子だ」
「初めまして」
アロイスは愛想よく挨拶する。顔は無表情のままだが、敬意は込めた。
「ヴェルナー・ヴィスリツェニーだ。よろしくな、若旦那」
ヴェルナーは気のいい親戚のように振る舞ってくる。アロイスを懐柔しておけば、将来的にキュステ・カルテルの地位が保障されるからだろう。
「よろしく」
早くもアロイスはこのくだらない死者を尊ばない葬儀に嫌気がさしてきた。
金と暴力。そこから導き出される権力。それが欲しいだけの人間の集まりだ。くだらない。連中の手はドラッグビジネスで稼いだ金で汚れ、血に塗れている。そんな人間に母との別れを告げる場にきてほしくはなかった。
「ボス。今回は残念です」
「ああ。残念だ」
またひとり欲望を抱いた人間が訪れる。
手の甲まで伸びた東洋のドラゴンの入れ墨を入れた男。
「アロイス。うちの幹部のノルベルト・ナウヨックスだ。私の昔からのビジネスパートナーでもある。よく覚えておけ」
ノルベルトのことは少しばかり記憶にある。
親戚だと言われて幼少期に遊んでもらった記憶だ。
今やその記憶もドラッグのもたらす血にまみれている。クソみたいな話だ。
「お久しぶりですね、ノルベルトさん」
「覚えておいてもらって光栄だ。ボスの手伝いをするんだろう? 困ったことがあったらいつでも相談に乗るからな」
ノルベルトは典型的な腰ぎんちゃく、いやコバンザメだ。
ボスであるハインリヒのおこぼれに預かって地位を固めてきた。古参の幹部ではあるが、自主的に何かをすることを知らない。他人に助言くらいはできるだろうが、自分で何かをやる勇気はないのだ。
「カールは欠席か?」
「電報だけが届いております」
「いい加減にあいつと仲も修復しないとな」
無駄だとアロイスは思う。
カールは裏切る。だが、ハインリヒはカールを信じている。何も信じない男が、自分の敵となる可能性がもっとも高い男を信じているのは滑稽だ。1度目の人生ではカールのせいで多くの血が流れた。
今回はそうはさせまいとアロイスは決意していた。
「幹部たちの名前は覚えたか?」
「はい」
俺は10年間、あのクソみたいな連中と付き合ってきたんだぞ。忘れるはずがない。そうアロイスは思っていた。
ドミニクはしくじって墓場へ。ヴェルナーは抗争の原因。ノルベルトはゴマすり。カールは裏切者。そろいもそろってクソ野郎ばかりじゃないか、ええ?
「では、妻に最期の言葉を」
母さんに最期の言葉をかけたのは医者だ。父は様子を見にも来なかったし、自分はただこの先に待ち構えているいるものと対峙する覚悟を決めていた。
医者だけが、母さんの最期を看取ったのだとアロイスは心中で囁いた。
自分がいてやればよかった。母をひとりで逝かせてしまったのは間違いだった。母はもう死んで、戻ってこないのだ。こんなドラッグビジネスにどっぷり浸かった連中を相手にするぐらいならば、母ともっと向き合えばよかった。
アロイスは棺に納められた母の顔を見てそう後悔していた。
“連邦”の葬式は“国民連合”のそれと変わらない。1日目は死者とともに過ごし、死者の友人だったものたちと語らう。2日目は死者は火葬され家族のみが立ち会って遺骨を箱に収める。そして、埋葬が行われる。全員が立ち会い、遺骨を収めた箱が先祖代々の墓に埋葬されるのを見届ける。ここで祈りの言葉が交わされる。
だが、ここにいる人間がアロイスの母の友人か?
ドラッグマネーに惹かれてやってきただけの害虫に思える。少なくともアロイスはそう思っていた。あいつらは母の友人などではない。ともに死者の思い出を語らうに相応しい人間たちではないと。
1度目の人生のときはドラッグビジネスとそれに関わっている人間というだけで委縮し、ただただ怯えていただけのアロイスだが、今ははっきりとそう思える。あいつらはクズの人殺しだ。母の死体にすら寄せ付けたくはない。
だが、すまない、母さん。
俺もそういう人間の仲間入りをすることになるんだ。
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