(日常小話)線香花火

Side 空



「ただいまー」


ひよしさんが仕事から帰ってきた。


「おかえりー」


僕はゲームしながら答えた。


「お前、またゲームかよ。制服も着替えてねーし」


「これ今日買ったばっかりの新作なんだよ~!これ買う為にバイトでお金貯めてたから待ち切れなくて。とゆーことで、しばらく集中するから話しかけないでね」


ひよしさんに塩対応してから、ひたすらゲームを続ける僕。


「なんだよー、せっかく花火買ってきたのにな~」


僕はぴくっとゲームをする指の動きを止めて、ひよしさんを見た。


ひよしさんがピラピラと花火セットを見せびらかした。


「空はゲームに夢中みたいだし。一人でやってこよっかな~」


わざとらしくひよしさんが言う。


「待って!花火やりたい!」


「えーでも話しかけるなって言われたしな~」


「謝るから…っ」


「どうしよっかな~」


あーもーひよしさんのこういうとこ、ほんと面倒くさい。


僕は、ひよしさんを褒めちぎる作戦に出ることにした。


ゲームをストップして真剣な表情で言ってみる。


「ひよしさん、今日もイケメンだね」


「…そうか?」


「うん、今日もカッコイイ!髪型もイケてる!男の中の男!」


「空は今日も可愛いぜ」


「…それはいいよ…」


「よし!花火行くか!」


「うん行くー!」


なんかよくわかんないけど、褒めたらうまくいきました。僕とひよしさんは、花火とバケツを持って、近くの公園に行った。


小さな公園だから、夜は人が全くいない。


僕らは花火セットの中身を開け、オーソドックスな手持ち花火に火をつける。


バチバチバチと色とりどりの火が踊る。


「綺麗だね」


「だな。たまにはこういうのもいいよな。つーか空、いつまで制服着てんだよ」


「なんかもう着替えるの面倒くさくて」


「空ってさ、キチッとしてんのか面倒くさがりなのか良くわかんねーよな」


「そうかなぁ?ひよしさんは100パーセント面倒くさがりだよね」


「んだとコラ。ロケット花火、お前に向けて発射するぞ?」


「…いい大人でしょ…」


発言が中学生だよ、ひよしさん。


ひよしさんの花火が終わったので、新しいのを取り出しながら僕に「火、もらうぜ」と言って近付く。


僕の手持ち花火から火を移そうとするとき、ふいにひよしさんの腕が僕の腕に触れる。


そのままひよしさんはじーっと花火の先を見つめる。


「ひよしさん、もう火ついたよ?」


ひよしさんの花火にも火がついたのに、僕に密着したまま離れないひよしさんに言った。


「なぁ、空」


「なに?」


「空の制服姿を見ていられるのもあと1年半くらいなんだな」


僕は高校2年生で、今は夏だから、卒業までは確かに約1年半だ。


「急にどーしたの?」


「別に。ふと思っただけ。」


なんか珍しくひよしさんが物思いに耽ってるから、僕も珍しく自分からひよしさんの広い胸に顔を寄せてみた。

 

「急にどーした?」


「別に。そういう気分だっただけ。」


そうして僕ら2人は暫く花火を見つめていた。

手持ち花火で文字を書いてみたり、ロケット花火を飛ばしてみたり、僕らは一通り楽しんだ。


最後に残った線香花火を手に取る。


「ひよしさん、どっちが最後まで火種が落ちないか勝負しよ」


「おーいいぜ。俺が勝つけどな」


「僕だって負けないし」


僕とひよしさんは睨み合ってから、しゃがみこんだ。


そして、同時に線香花火に火を付けた。


「線香花火やると夏って感じだよね」


「だな。つーか最近暑すぎだよな。夏ってこんなに暑かったっけ?って思うよな」


「うん、思う。熱中症にも気をつけなきゃね」


そう言うと、何故かひよしさんから反応が返ってこなかったから、不思議に思ってひよしさんの方を見た。


「なぁ、空」


ひよしさんも僕の方を向いて言う。


「なに?」


「熱中症ってゆっくり言ってみてくんねーかな?」


「なんで?」


「いいから」


よくわからなかったけど言ってみた。


「ねっちゅーしょー?」


「もっとゆっくり」


「え…、ねっ…ちゅーしょー?」


「もうちょい感情込めて」


「はい?感情?んー…、ねっ…ちゅー…しょー?」


「了解」


「え、何が…っ、ん、んんぅ」


ひよしさんがいきなりキスしてきた。


「…っ、何…?なんでいきなり…?」


唇が離れ、僕は聞いた。


「ねぇ、ちゅーしよ?って言ったろ?」


「あ…」


そーゆーことか!


ハメられたとは言え、自分からせがんだみたいで、急に恥ずかしくなっちゃって僕は頬を赤らめた。


「そんで、俺の勝ちだな」


「え‥、あーっ」


いつの間にか僕の線香花火、火種落ちてた。


「ずるいよ、ひよしさん」


僕は唇を尖らせて言った。


「ちゅーしよ?って言ったのはお前だろ?」


そう言って、ひよしさんは笑顔を見せる。


その笑顔を見ると結局僕は何も言えなくなってしまう。


だって、大好きな笑顔だから。


「…えいっ」


僕はひよしさんの腕をつついて、火種を無理矢理落とした。


「あっ、おまっ…!」


ひよしさんが襲いかかって来る前に、僕は逃げた。


ひよしさんは「待てこら」って追いかけて来る。


なんか夏の夜の風が気持ちいい。


ねぇ、ひよしさん。


僕が制服を着ていられるのはあと1年半だし、線香花火は火種が落ちたら終わっちゃう。


でも僕は、ひよしさんとずっと一緒に居たいんだよ。


僕が大学生になっても


成人しても


社会人になっても


おじいちゃんになっても


ずっとね。




END

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