(日常小話)春風

Side 空


4月。


天気のいい日の午後。


この日は始業式で、学校は午前中で終わりだった。


うちの近所で桜祭りがあるみたいで、ひよしさんと学校帰りに行くことにした。


ひよしさんもわざわざその為に午後半休をとってくれていた。


午後休んで大丈夫なの?って聞いたら、体育教師は始業式でやることは特にないらしい。ほんとかなぁ。


まぁそんな訳で、僕らは学校帰りにそのまま桜祭りに行った。


僕は制服、ひよしさんはジャージ姿のまま。


「今日、天気いいね」


「そうだな、だいぶ春らしくなったよな」


「うん、風が気持ちいい。両手伸ばして、んーってやりたい感じ」


僕とひよしさんは、桜まつりの屋台を見ながら歩いた。


少し歩くと桜並木が見えた。


「すごいね、ひよしさん。こんなに綺麗な桜並木あったんだね」


「そうそう、ここの桜並木はなかなか立派なんだよ。わざわざ遠出して見にくる人もいるらしいぜ」


桜はちょうど見頃で、ピンク色が青空と合わさって、とても風情のある情景だった。


「ひよしさんは、去年も見たの?」


「あぁ。そんときは1人でぷらっと見に来たな」


去年の4月。


その頃は、まだひよしさんと出会っていなかった。


そういえば、僕らはまだ出会って1年も経っていないんだなぁと、ふと思った。


「お、空。りんご飴あるぞ」


「ほんとだ。買ってこようかな。ひよしさんもいる?」


「いや、俺はいいよ」


「何か食べたいものないの?」


「カツ丼食いてぇ」


「それはないね」


そんな事を言いながら、僕らはりんご飴を買いに行った。


「1つください」


「はいよ!」


元気の良いおじさんが、200円と引き換えにりんご飴をくれた。


屋台と言ったらりんご飴だよね、なんて一人で考えていたら、そのおじさんがもう1つ小さいりんご飴を差し出してきた。


「お前さん、可愛いからおまけだ。」


そう言って、なんかよくわからないけど、りんご飴を2つ手に入れた。


お礼を言ってから、僕らはまた歩き出した。


「ひよしさん、2つもらったけど、1つ食べない?」


「いらねー。あのおっさんは、空が可愛いからもう1つくれたんだろ?可愛いってのは得だよな、空」


ひよしさんが不機嫌そうだ。


もういい年なのにそういう子供っぽいところ、どうにかならないかなぁ…


僕は、ちょっと背伸びして、ビニールに包まれたりんご飴を、ひよしさんのほっぺにぷにゅって押し付けてみた。


「うぉ、なんだよ、空」


「別に。やってみたかっただけ」


そう言って、僕はりんご飴の袋を開けて、一口舐めてみた。


優しい甘さが口の中に広がった。


すると、ひよしさんが僕の手を引っ張って、りんご飴をペロッと舐めた。


「ひよしさん、いらないって言ったのに」


「空が舐めてるの見たら舐めたくなった」


ひよしさんは、したり顔でにやっと笑った。


背の低い僕は、ひよしさんの顔を見上げる。


その更に頭上には桜の花びらがひらひらと舞っている。


「ねぇ、ひよしさん」


「ん?」


「桜ってすぐに散っちゃうでしょ。すごく綺麗なのはほんの一瞬で、気付いたときには葉桜になってる」


「あぁ、そうだな」


「僕は…、その…」


ちょっと言葉に詰まってしまった。


思っていることを素直に言葉にするのが僕は苦手みたい。


ひよしさんと一緒にいるときは特にそう。


「何だ?空」


ひよしさんが優しく促してくれる。


さっきは子供っぽかったのに、こういう時のひよしさんは凄く大人っぽい。


そんな彼の見せる様々な表情に、僕はきっと惹かれているんだと思う。


「えっと…、僕は、ひよしさんとずっと一緒にいたい。その…、ら、来年も一緒に桜を見にいきたい。ひよしさんと」


いつも恥ずかしくて目を逸らしてしまう僕だけど、今回はちゃんと目を見て言った。


りんご飴を持つ手が少し震えた。


すると、ひよしさんが突然僕の手を握ってぐっと引き寄せた。


「わっ」


僕はひよしさんの胸に飛び込む形になった。


「ひ、ひよしさん。周りの人に見られちゃうよ」


「別に俺はかまわねーよ。空は嫌か?」


「…嫌じゃないけど恥ずかしい…ょ…」


そう言うと、ひよしさんは僕の顔に両手を添えた。


「俺の顔だけ見てれば恥ずかしくないだろ?」


そう言って、ニコッと笑うひよしさん。


その笑顔がいつも僕の心を締め付ける。


ひよしさんが、そっと僕にキスをした。


チュッという、軽めのキス。



春風が吹き、桜の花びらが舞う。



まるで僕らを包み込むように。



ひよしさんのことが好き。



これからもずっと。





END


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