第15話 二日後

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 あれから2日が立った。ダイチとマトバはいつものように葦ノ風亭で朝ごはんを食べていた。二人で迷宮攻略を繰り返したので、かなり気心知れた仲になっていた。


 ジェネラルギョーの海戦で手に入れたスキルシードを手で転がしていると、マトバが呆れたように言う。


「まだ食べないのですわ?」


「しょうがないじゃないですか。透明化は便利そうだから、強化に使うのは勿体ない気がするんです」


 同じような透明化のスキル、ライトペネトレーターを持っていたエイチェに、ゴーストハマー戦ではかなり助けられた。エイチェのような透明化スキルが手に入れば、ダイチの戦いの幅は広がるだろう。


「何にでも手を出すのはおすすめしませんわ。剪定した方がスキルは強く育ちますもの」


 便利だからと色々取っていけば、スキルが育たないまま器用貧乏になるのは理解できる。


 ゲームデザイナーやムーンジャンパーにしろ、入手当初はできることが限られている。透明化スキルを手に入れたところで、全身を消せるようになるまではかなりのスキル強化を行わなければいけない。


「うーん、そうですね。……保留にしておきます」


「まだ悩むか。優柔不断ですわ」


 そう言ってマトバはストローに息を吹き込んでオレンジジュースをぶくぶくさせた。言葉はお嬢様っぽくなってきているが、行儀の悪さをかえるのは難しい。


 ダイチがそれとなく注意していると、見慣れた顔が現れた。


「おはよーダイチ」


 あくびをしながら登場したのはエイチェだ。またもブラウンのダスターコートを裸の上から着ている、目に毒な格好だ。


「お久しぶりです。エイチェさん」


 ゴーストハマーと戦ってから、ダイチがマトバとばかり一緒に居たせいもあるが、エイチェとはずっと会っていなかった。どこかで襲われて、家に引きこもっていたのかもしれないと心配していたが元気そうだ。


「な、な、なんなのですわこの変態は!」


 コートの下に何も着ていないことに気がつき、顔を真っ赤にしたマトバが指差す。二人の面識はなかったらしい。


「こっちが露出狂のエイチェさんで、こっちがお嬢様のマトバさんです」


「あら。よろしく」


「ろしゅつきょー……。犯罪者ですわ!!」


 マトバにとって露出狂は刺激が強かった。将来を添い遂げる人にしか見せてはいけない乙女の肌を、不特定多数の人物に提供するなどあってはならない。


 気に入らないものを拳で跳ね除けてきたマトバにとって、淫らな領域は全くの未知だ。不良でありながら汚れの知らないマトバは、突然の変態に混乱していた。


「コート、戻ってきたんですか?」


「ええ、そうね。拾ってくれた人が届けてくれたの」


 そして変態がダイチと親しげに話しているのが余計に混乱させた。色仕掛けに翻弄されているのではないかと思うと、胸がきゅーっとなった。


「へ、変態に騙されてはダメですわっ。はにーとらっぷで金を巻きあげたりするんですわ! それか、後からゴツい彼氏が出てきてボコボコにされちゃうのですわっ。美人局ですわ!」


「そんなことやらないわよ」


「そうですよ。おっぱいを押し付けられたりしましたけど、それで脅されたりはしませんでしたし」


「お、おっぱ、押し付けられた!?!??」


 マトバが目を白黒させる。あけすけに言ってしまったのは失敗だったみたいで、エイチェを完全に敵と判断したマトバが猫のように威嚇する。


「シャーーッ。ダイチに手ェ出すと、その肌に消えない傷をつけてやるですわ!」


「まあまあ、そんなに威嚇しないでください」


 ダイチはエイチェが悪い人間ではないことを知っていたし、どちらかといえば姉のような気持ちで接していたのでマトバが心配するようなことは何もなかった。姉からのスキンシップと考えれば、一人っ子だったダイチにとって面倒ではあるものの嬉しかった。


 ブラウンのダスターコートを着たエイチェは、突っかかってくるマトバを意に介さずダイチに言う。


「迷宮のお誘いに来たのだけれど、やめといた方がいいかしら」


「そんなことないですよ。せっかくですから三人で行きましょう」


「イヤですわ!」


「じゃあ俺とエイチェの二人で」


「それはもっとイヤですわ!」


 拒否してもマトバが置いていかれるだけなので、必死の抗議は虚しく迷宮攻略が決まる。エイチェが行こうとしているのは、オービットエンドの鎖縛という迷宮だった。


 迷宮の入り口は第二階層にあった。


「数日前にできたばかりの迷宮らしいわ。それなのに第二階層にあるってのは、相当強い迷宮だと思うの」


 プレイヤーが迷宮を攻略してスキルシードを手に入れるように、迷宮は人を食って育つ。正確には、プレイヤーからドロップするスキルシードを食べて迷宮は成長する。


 生まれたばかりの迷宮は他の成長した迷宮と比べて弱い。だから新たな迷宮が追加されると多くのプレイヤーが挑戦し、攻略する。たまに死んでしまうプレイヤーを細々と食べながら、迷宮は徐々に階層を上げていくのだ。


 しかしオービットエンドの鎖縛は、生まれたばかりなのに何人もの挑戦者を返り討ちにし、短期間で第二階層に到達した。珍しい迷宮だ。


「死ぬ可能性が高いってことですか」


「そうね。でも、私は死なない」


 エイチェが断言した。そう言い切れる自信はどこからあるのだろう。マトバがふてくされながらエイチェを睨む。


「本当に行くのですわ? この人胡散臭いですわよ」


「死ぬのは怖いですものね」


「なっ、怖くなんてないですわ!」


 挑発に簡単に乗ったマトバがずんずんとキューブへ歩いていくのをダイチもついていこうとすると、誰かに腕を掴まれた気がした。振り返っても誰もいない。


「どうかした?」


「……いや? なんでもないです」


 ダイチはキューブに触れ、オービットエンドの鎖縛へ跳んだ。





 薄暗い洞窟。ぼんやりと光がある。

 鍾乳洞ではないはずなのに壁は滑らかだ。地面には砂が堆積しているのを見れば、削り取られたのだということがわかる。


 石の壁面を、光沢が出るほど何度も繰り返して何かが這った。そう考えると恐ろしい。


 奥にはその正体がいるのだろう。しかし、正体を確かめる前に、ダイチの命は尽きようとしていた。


「ようやく捉えたわ。……変装、解除。殺す」


「何を……っ!?」


 エイチェがダスターコートを脱ぎ去った。コートの一瞬の影に隠れた姿が、再びあらわになった時には、そこにエイチェの姿はない。


 大きく笑っているようなマフラーで口を隠し、何人も殺してきた鋭い目がダイチを睨む。手にはいつの間にか巨大なハンマーが握られていた。


「ゴーストハマーッ!!」


 ハマーはエイチェに化けていた。ダイチが気づかないように迷宮の中に誘い出すために、スキルを使って成り代わっていた。


 ゴーストハマーはパーフェクトクライムによる隠された能力、変装を用いてエイチェのふりをしていた。エイチェが樹海の道でダスターコートを落としてしまった時から、ゴーストハマーはなり変わるタイミングを伺っていたのだ。


 全てはダイチとエイチェを殺すため。殺し切り、ATEに戻ってこれないようにするため。


「やっぱこれ美人局でしたわ!! ほら、彼氏が怒って出てきましたの!!」


「美人局じゃないですよ」


「ゴミまで、来たが、どちらにせよ、殺す」


「ご、ごみ!? アタシのことゴミって言ったかテメエ!」


 マトバが殴ろうとする前に、ハンマーが音もなく振るわれる。すんでのところで避けたマトバの鼻先を、ハンマーがかすった。遅れて空気が逆巻く。強敵だと理解したマトバの戦闘スイッチが入る。


「コイツ、只者じゃねえですわ」


「巻き込んでしまうなんて……失敗でした」


「叩き潰して、殺す」


 三者三様の言葉を吐き、睨み合う。

 入り口はゴーストハマーがガードしている。出口を開くには迷宮主を倒さなければいけない。ゴーストハマーに誘い込まれた密室で、殺し合いが始まる。

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