第14話 ジェネラルギョーの海戦

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 エイの形をした爆撃機が爆弾の雨を降らす中、ダイチとマトバは甲羅のかげに隠れていた。


「そういえば、デスマーチの迷泥のスキルシードってどんな効果なんですか!!」


 爆発の音にかき消されないように大声を張り上げる。それでも爆撃で声のほとんどはぶつ切りだ。


 ダイチはムーンジャンパーを強化するために使ってしまったので、何の能力だったのかは知らない。マトバがデスマーチの迷泥についてきたのは、その能力が欲しかったから、と言っていたのを思い出した。


「デルタスリーパーというスキルですわ! 睡眠時間を減らすためのスキルですの!!」


 ゾンビからドロップした種は、デスマーチ専用の強制ショートスリーパー能力だった。


「それまたどうしてそんなものを!!」


「すぐ眠くなっちまうからですわ!! 夜に9時間寝てますのに、昼寝も3時間はしてしまいますの!!」


「それは!! 病院で見てもらった方がよろしいのでは!!」


「小さい頃からそれが普通だったので!!」


 詳しいことは知らないが過眠症ではなかろうか。昼夜合わせて12時間とはいささか寝過ぎだ。


 ATEは記憶の統合のために夜12時から朝6時まで、6時間以上寝る必要があるが、寝過ぎるのも実験に悪影響が出る。それでも運営から何も言われないのは、過眠症のプレイヤーサンプルが欲しいからだろうか。


 初めて出会った日、迷宮攻略には遅めの時間だったのはたっぷりの昼寝を取った後に攻略を始めたからだろう。ダイチのご飯の時間に葦ノ風亭で見なかったのも、起きられないせいだったのだ。


 話している間にエイの爆撃が止んだ。顔を見合わせてうなずくと、二人は真っ赤な甲羅から飛び出して司令塔に向かう。


 ここはカニ戦艦の背中。爆撃の焦げ跡が残る甲羅の上を、貝類の弾幕を避けながら走る。


 どうしてこうなったのだろう。日頃のお礼を込めてオーナーに食材を贈りたかっただけのはずなのに。


 クエストツリーからキューブで転移したダイチが放り込まれたのは、生臭い運送機の腹の中だった。クラゲのパラシュートを背負わされて外に放り出されて見えたのは、フグ型運送機のケツから飛び降りる魚介兵士たちだ。


 与えられた指令は一つ。カニ戦艦の司令塔にいるターゲットを始末すること。


 ジェネラルギョーの海戦は海に浮かぶカニ戦艦をフィールドにした、海産物戦争の迷宮だった。


「どうかしたのですわ?」


「ATEって食材を得るのも一苦労なんですね……」


「そんなことありませんわよ。ダンジョンに潜らなくとも外には食材の成る木が生えてるのですわ」


「ええ……。じゃあここにこなくても」


「こっちの方が美味しいのですわ。それに、苦労をしてないものをプレゼントして、渡す時に胸を張れまして?」


 そう諭すマトバは戦場を駆けながら、兵士を殴って食材を確保していた。持参した袋にぽいぽいと拾い集めていく。


「ダイチ、こっちですわ!」


 マトバはジェネラルギョーの海戦は攻略済みだ。その知識でダイチを案内する。激しい戦いの網を潜り抜け、被弾することなく司令塔の入り口にたどり着く。しかし扉は厳重にロックされていて開けられない。


「どうするんですか」


「離れててくださいまし。派手に行きますわよ!!」


 縦長のでかいエビを担いだマトバは、扉に照準を合わせ、でかいエビの足をレバーのように倒した。

 でかいエビの拳が音速を超えて炸裂する。拳がロケットパンチのように飛び、扉を木っ端微塵に爆破した。


「鉄砲エビならぬRPGエビですわ」


 マトバは戦闘が楽しくて仕方がないようだった。




 司令塔の中はジメジメしていて、フジツボが壁中に生えている長居したくない環境だ。マトバもここに居たくないのか、早足で通路を進み、鎧袖一触のごとく敵兵を打ち負かしていく。


 ダイチはついていくだけになっていたが、狭い通路は飛び跳ねたり棒を振り回すスペースがないので助かっていた。


 最上階の司令室にたどり着くのにそれほど時間はかからない。扉を勢いよく開けるとマトバは響く声で怒鳴った。


「テメエら。大人しく海へ帰るか、アタシの腹の中に来るか、選ばしてやるよですわ」


 黒地に金の制服を纏った偉いであろう海産物軍人たちが、人の顔ではないにしろ途轍もなく怒っているのがわかった。


 タコ海兵は真っ赤に茹っていたし、ウニ海兵は怒髪天ならぬ怒針天をつくほどあらぶっていた。種類の不明な魚海兵たちは後頭部のヒレをびたんびたんと動かしながら、三叉の槍を持ってにじりよってくる。


「どうするんですか。これ」


「まるっと飯にするに決まってるですわ」


 だったら奇襲した方が良かったのにと思うのだが、マトバは正々堂々が好きなので結果は変わらなかっただろう。


 ダイチは奇怪な魚介たちと戦闘を繰り広げた。


 ここは空間が広かったので、さほど苦戦しなかった。魚介兵士たちを丸ごと倒し、たっぷりの食材を拾いおえると、マトバが二人しかいないはずの司令室に言葉を投げかけた。


「出てくるのですわ。あなたがいることはわかっていますの」


「どうしたんですか? 全員倒しましたよね。もう終わったんじゃ……」


「まだクリアではありませんわ。食べ残しはいけませんもの」


 そういえばスキルシードがドロップしていないし、帰り道のキューブも現れない。ゴロゴロと雷のような笑い声がしたかと思うと、誰もいなかったはずの操舵輪の前に、カニの軍人がいた。


 他の魚介兵たちと違って、そいつは人にカニの甲羅と足を張り付けたような姿をしていた。カニの遺伝子を持たせた人間のような、人に近いからこそ感じる怖さがある。


「私の存在がバレているとは……エラ無しも少しはやるようですね」


「喋った……?」


 甲羅に声が反響し、ボイスチェンジャーを使っているようなざらざらした声質になっている。


「声は陸上生物だけの特権だとでも?」


「あなたはどちらかと言えば陸上生物よりなんじゃ……」


「ダイチ、こいつと話すのはお勧めしませんわよ。さっさとやるですわ」


 マトバが冷めた態度で殴りかかる。前回攻略した時に何か言われたのだろうか。


「無礼なメスだな。戦場はメスが来るところではないぞ。巣に帰って卵でも産んでいなさい」

「こういうこと言ってくるから面倒なのですわ。後味が悪い」

「そうみたいですね」


 喋らせていると気分を害することばかり言いそうだ。ダイチもマトバの攻撃に参加する。


 カニ軍人は十本の腕を使って切ろうとしてくる。人の両腕がある位置からはハサミのついた手が生えており、挟まれれば腕くらい簡単に切断できるだろう。


 だがダイチの敵ではなかった。たとえ腕が十本あろうと、ゾンビの数十本の腕をいなしてきたダイチにとって簡単に対処できる。マトバと分担して五本ずつ相手をすれば、何発もの攻撃を打ち込める。


「な、なにをっ! 海洋生物に負けることはあっても、陸のエラ無しども負けるなど、あってはならん!」


 甲羅の隙間から泡を吹きながらカニ軍人が言う。十本ある手を体にギュッと巻きつけて力をためると、腕がガラスに変質したかように透明になった。

 不可視の攻撃がダイチの頬をかする。


「見たか。私の擬態はその矮小な眼球では捉えられまい」


「どうでもいいですわ」


「同意です」


 見えないのなら、避ける必要がないというだけである。殺されるより先に倒せばいい。幸いにも消えるのは腕の部分だけらしく、甲羅の張り付いた顔は丸見えだ。ダイチの振りかぶった棒と、腰の入ったマトバの右ストレートがカニ軍人の甲羅を打ち砕く。


「ぐああああ。私は海の王だぞ! こんな、モブどもに負けるなど……!」


 そう言い残してカニ軍人は地面へ消えていった。床にはスキルシードが二人分と小さいカニが落ちていた。


「海の王と名乗るわりには雑魚なんですの」


「そうですね。セリフも雑魚っぽいし。潜入ミッションをしていた方が難しかったです」


「一応、こいつも持って帰るですわ。オーナーなら美味しく調理してくれるかもしれませんわ」


 逃げようとする小さいカニを捕まえて袋に入れる。現れたキューブに触り、カニ戦艦から帰還した。


 葦ノ風亭のオーナーにこんもり魚介類の入った袋を渡すと、たいそう喜んで魚介パーティーを開いてくれた。


 ダイチとマトバは迷宮産の魚介類を腹いっぱいになるまで食べ、満足してホームに帰った。

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