第5話 MOON JUMPER
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大きい石の扉の前に立つと、勝手に開いた。
中には怪物がいた。2.5メートルほどの巨体に牛の顔面をつけた、この迷宮の主であるミノタウロスだ。黒く艶のある体毛の下には盛り上がった筋肉があり、石の棍棒を軽々と持ち上げる。
なぜか牛顔に合わせたメガネをしていたが、正真正銘の怪物だ。
そんな見るからに強敵なモンスターが、天井の高い円柱状のリングに居座っている。ダイチは迫力に驚いたが、前へと進んだ。
「名前の通りのボスだったか。でも良かった」
ダイチはムーンジャンパーを発動し、大跳躍でミノタウロスの顔面に飛び上がった。そのまま棒で殴りかかる。
「体がでかいから、思いっきりやれる」
ミノタウロスはダイチの苦手な人型のモンスターだが、化物度が高いと心理的抵抗も減る。それに巨体であるため、ダイチの嫌いな大人だと思えて棒を握る手にも力が入る。子供は好きだが大人は嫌いだ。
ダイチの急襲は成功し、眉間に一発入った。さらに胸に蹴りまで入れて、その反動を使ってミノタウロスから距離を取る。
ムーンジャンパーを使った縦横無尽なダイチの動きにミノタウロスは対応できていなかった。ダイチは翻弄するように三次元的な動作を組み込みながら、首、顎、足と攻撃を食らわせていく。
もう一度、顔面を狙おうとダイチは跳ぶ。だがミノタウロスはその攻撃を意にかいさず、棒を振りかぶって隙だらけだったダイチに棍棒を打った。
重力を軽減していたダイチは派手に吹き飛んで壁に激突する。
「かはっ! 全然効いてない……のか」
棒を何回も打ち付けたはずなのに、ミノタウロスにダメージが入っている様子はない。それなのに一撃しか食らってないダイチは大ダメージだ。さっきまで戦っていた化物兎や角狼が可愛く思える。
「そうか。ムーンジャンパーのせいか」
ムーンジャンパーには弱点がある。それは攻撃に威力が乗らないこと。
重力を軽減するこのスキルは高い機動力をダイチに与えるが、棒の重さまで軽減してしまうせいで、一発の威力が減ってしまう。
それに跳びながら攻撃するダイチの戦闘スタイルは地上で踏ん張ることができないため、高火力になりづらいのだ。扱いやすそうという理由で選んだ打撃武器の棒が、余計にダメージになりくい。刃先のある武器だったらと考えても後の祭りだ。
「軽くてダメなら、攻撃の瞬間だけ……」
軽くした体でミノタウロスに接近したダイチは、攻撃の瞬間にムーンジャンパーをオフにする。体重の乗った攻撃が入り、ミノタウロスも牛顔をしかめた。
「もう少し早く。勢いがいる」
正解を探りながら何度も攻撃していく。常人には耐えられないほどの運動量だが、ダイチは息を弾ませるだけでこの戦いを楽しんでいた。
ダイチはゲームも漫画もテレビも見させてもらえなかった。勉強の合間にできることといえば、運動ぐらいしかない。自発的に始めたトレーニングは、ダイチの唯一の趣味といえる。
敵はまだ余裕そうだ。密かに鍛えた筋力でさえ、ミノタウロスに一歩およばない。ダメージは入るものの決定打にはならないのだ。
「もう一つ、何か。攻撃を」
ミノタウロスは巨体なせいか動きが遅い。気をつけていれば大振りな棍棒に当たることはない。
ムーンジャンパーのオンオフを覚えたダイチは、切り返しのタイミングで重力を戻すことで急ブレーキができるようになっていた。そのおかげで地上の平面でも色のある動きを生み出せる。
棍棒を避けながら考える。どうすれば大ダメージを与えられるか。
「重力を、もっと有効に」
ムーンジャンパーは重力を軽くするだけで、反対に重くすることはできない。スキルの制限で無重力にもできない。
ミノタウロスに触れて試してみたが、ミノタウロス自体を浮かせて転ばせることはできなかった。棒は軽くなるのにミノタウロスはできないのは不思議だ。おそらく範囲は自分と触れ居ている非生物物体だけ。制限を解除すればできるようになるのだろうか。だが今はどちらにせよ無理だ。
ダイチの体力だって無尽蔵ではない。疲れれば避けきれずに棍棒を喰らうことになる。壁まで吹き飛ばされたあの一撃は、もう一度食らえば立てなくなるかもしれない。
「いや、だからこそ」
ダイチは攻撃を止めて壁まで下がる。諦めたのではない。より高く飛ぶための助走距離だ。
「ムーンジャンパー」
全力で走り跳躍する。一番の大ジャンプはミノタウロスの頭上が着地点。だが、そんな見え見えな攻撃はミノタウロスの格好の餌食だ。
振り上げられた棍棒がダイチへ直撃する。空中では避けることもできないダイチはそのまま上へと打ち上げられる。
ミノタウロスのフルスイングは特大のホームランだ。ぐんぐんと地上から遠ざかり、その足は天井へと届いた。
「ムーンジャンパー、オフ」
声と同時に天井を蹴る。重力と脚力によりスピードを上げたダイチは、打ち上げられた時よりも数倍の速さでミノタウロスへ落下する。ダイチ自身が一本の槍だ。
ミノタウロスに吹き飛ばして貰い、位置エネルギーを稼いだ。十分な加速を得た槍は防御を突き抜けて頭蓋へ刺さる。
「うおっと」
赤い血が溢れる。致命傷かと思われたが、ミノタウロスは最後の力で棍棒を振り回した。ダイチはスキルを発動してくるりと避ける。ダイチの居た場所、ミノタウロスの頭上には頭蓋に刺さった棒が残されたままだ。
棍棒は棒へあたり、ミノタウロスの頭をかき回す。それがとどめになって、ミノタウロスは地面に倒れた。ドロドロと地面に吸収されていく。
ドロップアイテイムは小さな種だった。
「よっしゃ!」
ダイチは叫んだ。これほど叫んだのはいつぶりだろうか。棒を握り続けたせいで、手は擦れて血が出ていた。
種を拾い、奥の扉に向かう。キューブに手を触れ、クエストカウンターへ帰還した。
「よう、ダイチ。初めての冒険はどうだ?」
帰ると夕方になっていた。昼はとっくに過ぎていた。お腹の虫がぐるぐるとうるさかったので早めに葦ノ風亭に向かうと、ブラウンが酒を片手に座っていた。
「クリアしてきました」
「すげーじゃねえかダイチ! よくやったな!」
ブラウンがダイチの頭をガシガシと撫でた。撫でるというより生地をこねるみたいに乱暴だったがダイチは嬉しかった。
「普通は何日かかかるもんだが、一日でやってのけるとは」
「昼を食べずにやりましたから。それに、ゴブリンもスルーしましたので」
「ゴブリン……? ああ、人型だからか」
酒が入っているため終始ご機嫌なブラウンは、歯を見せて笑いながらダイチに言った。
「種だせ。種」
「ドロップのやつですか。何に使うかわからなくて困ってたんですけど」
「飲め」
「はい?」
「飲み込め。ほら、水やるから。噛むなよ。ぐっといけ」
ダイチはブラウンが酔っ払って面倒な絡み方をしているのかと思ったが、どうやら真面目に言っているらしかった。
子供の頃にスイカの種を飲み込んでしまった時に、父親が「種を飲むと腹から葉っぱが生えてくるぞ」と嘘を教えられたことを思い出す。
薬にしては大きいその種を飲み込む。喉につっかえた感じがしたが、腹に収まってくれたようだ。
「各ダンジョンで手に入るその種はな、スキルシードつって、新たなスキルが手に入る種だ」
「新たなスキル……」
「そう。それをそのまま飲み込めばスキルをゲットし、噛んでから飲み込めば、元々持ってるスキルの強化ができる。ATEのダンジョンを支える大事な種だぜ」
現実には存在しない、スキルという現象を生み出すスキルシード。迷宮をクリアすることで手に入るこの種は、スキル取得かスキル強化を行える。
「ミノタウロスの迷宮はなんのスキルなんですか」
「ゲームデザイナー。マッピングとステータスが使えるようになるスキルだ」
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