第4話 クエストはご自由にお書きください
4
ATEにはクエストツリーと呼ばれる場所がある。
街の中心に立つ、天を支えているのではないかと思えるほど一際大きい木だ。樹冠は地上からでは見ることができない。
根っこの隙間から幹の中に入る。樹皮以外を丸々くりぬいたかのような、広い空間が出迎えてくれた。ブラウンは慣れた足取りでホールの中心へ向かう。
中心にはバス停のような小さな建物が建てられていて、そこには板が貼られていた。テーブルには紙が置かれており、横にはペンが糸で繋がれている。スタンプラリーの台みたいだ。
「困ったことがありゃ、ここで紙に書いて貼れば誰かが解決してくれるぜ。クソみたいな依頼じゃなけりゃな」
ブラウンがコンコンとノックしたコルクボードには、『甲殻類系の食材求む!:オーナー』や『迷宮探索パーティ募集:ピパ』などの張り紙が留められている。中には『殺させてくれる人募集:ハマー』なんていう狂気に満ちた張り紙さえあった。
ブラウンはその中からパーティ募集の張り紙を取ってポケットに突っ込んだ。
「ま、ここの目玉はコレじゃねえ。クエストツリーにはATEの代名詞、ダンジョンがある」
カウボーイハットの縁を指でクイと上げ、ブラウンはキメ顔をする。
「ATEのダンジョンは数が多い。プレイヤーが1人増えるごとに1つのダンジョンが生成される仕組みだからな。招待されるだけ無限に増えていくぜ」
「ダンジョンって……。現実と変わらない世界を謳ってる割には、ゲームみたいですね。ここ」
「そういう要素を入れとかなきゃ、暇で死んじまうだろ」
「うーん……そうかもしれません」
壁に沿った緩やかなスロープを歩いてクエストカウンターの上の階に行くと、テーブルや椅子が置いてある空間に出た。壁には等間隔で洞がある。
中学校の林間学校で行った合宿所にこんな広場があったな、とダイチは懐かしく思った。木で作られた広い建物に椅子とテーブルが置いてあるだけ。オリエンテーションをそこでしたのを覚えている。
テーブルには人がまばらに座っている。ここで迷宮へ向かうパーティが話し合うのだろう。
「壁に入り口があるだろ。その奥にあるキューブに触れればダンジョンへ転送されるぜ」
「わかりました。……ブラウンさんは、ここでお別れですか?」
「初心者講習はここらが潮時だろ」
欲を言えば迷宮までついてきて欲しかったが、ブラウンは別のパーティで探索を行うのだ。邪魔してはいけない。
「ミノタウロスの迷宮ってところ、おすすめしておく。あそこはシステムがゲームに近くてわかりやすい」
「ありがとうございました。また葦ノ風亭でご飯食べましょう」
「そうだな。そん時には冒険譚、楽しみしてるぜ」
ダイチはひらひらと手を振りながら去っていくブラウンに頭を下げた。
先生と親以外で年上と関わる機会は少なかったダイチは、ブラウンのような大人に初めて出会った。過干渉ではなく、期待しすぎるわけでもない。ただ真っ直ぐにダイチのことを考えてくれる大人だ。
お昼に葦ノ風亭にいけば、また会えるかもしれない。それまでにミノタウロスの迷宮をクリアしてやる。そう意気込んだ。
ミノタウロスの迷宮はすぐに見つかった。洞の上に迷宮の名が掲げられていたからわかりやすい。
洞の中は想像より長く、進んでいくうちに暗くなっていった。正方形の部屋にたどり着くと、ブラウンの言う通りキューブあった。
キューブに触れる。瞬間、暗転して元に戻った。あまりに一瞬過ぎて瞬きに近い。
来た道は塞がれ、前方に道ができている。もうここはミノタウロスの迷宮だ。あの一瞬の暗転で転移が完了していた。眩い光だったり、近未来的なエフェクトがあると思い込んでいたダイチは少しがっかりする。
「まあ、怖い系よりマシか」
体が分解されて転送されるとかだったらトラウマになる。
ダイチはいつも、一人になると独り言が漏れてしまう。長年友人がいなかったせいでもあるが、屋上という誰にも聞かれない場所に入り浸っていたことが原因だ。だから誰もいない空間になると、途端に口の栓が緩む。
その時は敬語も抜けて、年相応の喋り方に戻る。他人の目を気遣う必要がないと、素が出せるのだ。
「迷宮っていうより、遺跡みたいだな」
切り出した岩を組み上げて作った人工の迷宮は、ダイチの武器である1.8メートルの棒を振り回したとしても当たらないくらいには広い。迷宮内は薄ぼんやりと明るく、端には苔やイネみたいな植物が生えている。
スタート地点からずんずんと歩いていくと、最初の敵が現れた。雑魚敵として定番のスライムだ。
会敵した瞬間にダイチは棒を躊躇いなく振り下ろす。人の頭蓋骨なら簡単に潰れるくらいの勢いが出た棒は、スライムを水風船のように破裂させた。
「かなり気持ちいいなこれ。ストレス発散になる」
壁に投げつけるスクイーズボールみたいだ。破壊を気にせず暴力をふるえる。
スライムだった液体が地面へ染み込んでいくと、その場所に光が集まって一つの物体を生み出した。茶色く変色した羊皮紙とガラスのペンだ。
ペンにはインクがついていないのに、羊皮紙に滑らせると書くことができた。ドロップアイテムなだけあって、不思議な機能がついているようだった。
ドロップアイテムを拾って先に進むと、分かれ道にでた。ダイチは羊皮紙を地図にすることに決め、分岐点を書きこんで右に曲がる。
残念なことに右側は行き止まりで、スライムが二匹出ただけだった。雑魚敵は二匹集まっても雑魚なので棒を振り回せば簡単に勝った。アイテムはドロップしなかったが。
戻って左に進む。突き当たりでまた分かれ道だ。
右に行ったり左に行ったり、地図を埋めながら探索しているとモンスターが襲ってくる。ブラウンの言った通り、ゲームみたいだ。
化物兎やら角狼などのスライム以外の敵も登場したが、スキルを使うまでもなく討伐に成功した。運動は得意な方だったし、簡単にクリアできるかもしれないとダイチは思った。
順調に見えたミノタウロスの迷宮探索だが、行手を阻む新たなモンスターが現れる。雑魚敵の定番その2、ゴブリンだ。
ゴブリンはダイチの腰くらいの背丈しかなく、体は緑色でガリガリなのに腹だけは出ている。仏教の餓鬼みたいな見た目だ。顔は人間とはかけ離れた醜悪な見た目をしているのに、人の形をしているだけで叩き殺すのを躊躇ってしまう。
精神的強敵。兎や狼、動物の姿をしたモンスターは難なく棒でぶん殴れたのだが、人に近いモンスターはどこか忌避感がある。
ゲームに慣れていた人間だったなら、割り切って殺せるかもしれないが、ダイチは親にゲームを買ってもらったことはない。
「いや、無理だ。背が小さいってのが余計に無理だ」
自分より小さい人型生物相手だと、子供を殴ってるような気持ちになる。
「どうする。これじゃ進めない……。使ってみるか、ムーンジャンパー」
ダイチが呟くと体がふっと軽くなった。体を縛り付けていた重力が薄れ、体感で20キロ程度の軽さになっている。大体3分の1に減少した体重なら、どこまでも飛び上がれそうだ。まさしく月での跳躍。
「うおっとっと」
後ろにこけそうになるのをなんとか堪える。足を踏み込むだけでジャンプになってしまいそうだ。重力が変われば当然バランスも動き方も変わってくる。
だがダイチは持ち前のバランス感覚を持ってすぐに動きを理解する。片足で地面を蹴れば、空中で2回転して華麗に着地した。
ダイチは高校三年間、屋上に出るために四階にある窓からアクロバティックに飛び移っていたのだ。天性の平衡感覚と重力に縛られないスキルの相性は抜群だった。
踏み込み、跳躍、そして数歩壁を蹴り、ゴブリンを飛び超える。着地に一回転を入れれば、動きについていけないゴブリンを置き去りにして先へ進むことができる。
自由に動かせる体が楽しい。ダイチはムーンジャンパーを使いながら、ミノタウロスの迷宮を攻略していった。
そしてダイチはこの迷宮のボスである、ミノタウロスの元へたどり着く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます