第20話 父と母

2018年8月

 私は母の備忘録を閉じた。

そして両親の事を考えた。父は古い文献の研究を仕事にしている。

仕事の傍ら、古い文献から結界術などを学んでるのを見たことがある。

力を失った父が代わりに何か防ぐ手立てをと学んでいたとしても不思議はない。


 そして、母は幼い私にシンデレラを読んでくれた。

「ママは王子様に逢ったことあるの?」

「あるよ。」

「いいなぁ。王子様って、どんな人なの?」

「ママの王子様はずっとパパ一人よ。」

「パパかぁ。私にも王子様来るの?」

「来るかは分かんないなぁ。でも、晴陽が自分から見つけに行っても良いのよ。」

「ママはパパを見つけに行ったの?」

「そうだよ。ママとパパは迷子になって逢えない事があったの。でも、ママが探しに行って見つけました。ママって凄いでしょう。」母の誇らしげな顔を覚えている。


 両親は本当に仲が良い。その一言で片付けられない何か強いつなりが存在するように思う。

 父は母の少しの心情変化に誰よりも先に気付く。でもそれを無闇矢鱈むやみやたらに言葉にする訳ではなく、母に必要な時、必要な言葉を紡ぎだす。

母はそんな父の側でいつも笑顔を絶やさずにいる。父には母の笑顔が必要だから。

私は両親の仲に嫉妬していたのかもしれない。

二人の間に割って入ることができない気がして。



 夏休み中は、賢太と一緒に過ごしたり、祖母と蔵の片付けをしたりと忙しく過ごした。蔵には年代問わず古い物があった。

蔵自体が築200年なのだ、少なくと200年分の歴史がそこに存在する。

何度か整理されていたため、生活に密着したものは近代が多かった。

しかし、食器等は古く歴史を感じる物も残っていた。

古い物には、人々の様々な思いが宿っており、それに触れる行為は私にとっては贅沢な時間だった。


賢太とは、朝の涼しい時間帯は散策し、昼間は図書館で勉強して過ごした。

たまに観光と称したデートもした。

蔵の片付けも手伝いにも来てくれて、すっかり祖母とも打ち解けている。


賢太には両親の事や備忘録については言わないでおいた。

本当は言いたかったけど、きっと今の彼には響かないだろう。


ある日の夕方、普段はそんな時間に天神さんへは行くことはないのだけど。

その日は図書館で勉強した後、天神さんへ寄って話し込んでしまった。

辺りはいつの間にか、影の境界線があやふやになっていた。

しまった、逢魔が時だ。私は咄嗟に影を見つめた。

影のなか蠢く漆黒の闇、私は見てはいけないと思いながら、目が離せないでいた。


 賢太にも見えているようだ。

彼は咄嗟に私と影の間に割って入った。

しかし、彼には倒せない。動けずにいる私達の前に一人の少年が現れた。

「あれ?陽葵ちゃん?じゃないな。一瞬気配が似てたから、、、」


少年は纏っている空気を変えを「悪しき者よ、この地はお前が足を踏み入れてよい場所ではない。去れ!」と少年とは思えない、声で鋭く放った。

一瞬にして蠢いていた物が消えた。


振り向いた少年は、先程と同一人物とは思えない表情で。

「お姉さん名前は?」

「晴陽です。さっき陽葵って言ったけど、母を知ってるの?」

「まぁ、昔の知り合いだよ。」

「娘です。獅狼と陽葵の。」被せ気味で言った。

少年は苦笑いして

「余り遅い時間にウロウロしない方がいい。気を付けて早く帰りなよ。」と言った。

私の頭にぱっとある名前が浮かんだ。

「ありがとう!絢太君。」確信を持って名前を読んだ。

絢太君は一瞬驚いたが「ご両親は幸せにしてる?」

「うん、おかげさまで、今もすごく幸せそうです。娘の私が嫉妬するくらい。」

「相変わらずだね。」絢太君は少し寂しそうな笑顔で言った。

その背中に向かってもう一度大きな声で

「ありがとう!」と言った。



 

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