第19話 門出
次の日の朝、私は約束通り天神さんへ行った。
獅狼はいつもの様に石段に座って私を待っていた。
でも、いつもと何かが違う。纏っている気配が違う?
「獅狼?」私は不安になった。
「どうした、陽葵。不安そうな顔をして。」
「何かが違う。いつもの獅狼と。」
彼は少し驚いて
「流石だな、陽葵。俺は人になったんだ。これで、お前と一緒に時を刻める。」
獅狼は清々しい笑顔で言った。
「えっ!」
「昨夜、御屋形様に申し出た。陽葵と出逢ってから、ずっと模索していたんだ。
ただ、人になることで力を失う。人となった俺が陽葵を守れるかと不安で心が定まらなかった。でも、昨日の陽葵を見ていたら迷っている自分が馬鹿らしく思えた。
だから、昨夜、御屋形様に許可を頂いた。」
私は絶句した。そんな獅狼の人生を大きく変える選択をさせる気はなかった。
ただ、側にいたかっただけ。私の我儘が獅狼の人生を変えた、自責の念を抑えられず、崩れ落ちた。
『ごめんなさい』と言うのは簡単だが獅狼の思いを踏みにじる行為に思えて言葉にできなかった。私の頭の中は真っ白になっていた。
何かを察した獅狼は私を抱きしめ、
「いや、陽葵が自分を責める事ではない。俺の我儘だ。
お前の側で、お前と同じように歳を重ねて生きてゆきたかったんだ。
どうしても、お前を失うことが耐えられなかった。」
そして大きな手で私の頭を撫で
「こんなに晴れやかな気持ちになるとは、予想以上だ。」
獅狼は私の顔を覗き込み
「笑え。陽葵、俺達の門出だ。」と言ってガラス細工のリンゴを見せた。
「それ!」
「悪い。陽葵の以前部屋まで送り届けた時に持ってきた。俺のお守りに。」
私は最高の笑顔で答えた。
獅狼は人になる代償に力を失った。
念のため、土地を変えた方が良いだろうとの御屋形様のアドバイスにより、私達は私の大学進学を機に尾道を出た。
私の備忘録も、これで終演。でも私と獅狼の物語は続く。
私の初恋はずっと続いてゆく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます