第17話 鼓岩

 賢太とは天神さんのからの石段を降りた所で、待ち合わせた。

歩いて行くと、千光寺へロープウェイは夏休みで長蛇の列だった。

「どうする?待つ?」

「歩こうぜ!待ってるなんて時間がもったいないじゃん。」

賢太はキャップ帽から笑顔を覗かせた。

その笑顔に負けて、私は渋々歩くことにした。


 登って行くと、路地は狭く人一人がすれ違うのやっとの道幅だ。

「こんにちは」とすれ違う度に挨拶する観光客。

不思議だ、普通なら赤の他人とすれ違う度に挨拶なんかしない。

少し胸が温かくなった。


 野良猫だろうか路地のあちこちにいる。

どの猫も比較的人に慣れていて、近づいても逃げる猫は少なかった。

日陰で暑そうに伸びて広がっている猫を見ては、笑みがこぼれた。



 そんなには歩いて無いはずなのに、引きこもり生活が長かった私はすっかり息が上がってしまった。しかも、この暑さにはかなわない。

ふと賢太を見ると、変わらぬ歩調で登っていく。

チラリと私を見て、少し意地悪な笑みを浮かべ。

「もう少し、ポンポン岩だよ。ガンバレ!」

「もう少しって何分よ?」

「すぐだって、すぐ。」

掛け合いをしていると、大きな岩が見えてきた。

「ほら見えてきた。あれが、鼓岩つづみいわ、別名ポンポン岩。

叩くとポンポンと鼓のような音がするからしい。」


 鼓岩に立つと眼下には、尾道の市街地、瀬戸内海と尾道水道が見える。

海は空を反射してキラキラと青く輝いていた。

「綺麗ね、夕方の夕日に染まった海も綺麗だろなぁ。」

「海って鏡みたいだろ。空を映し出している。人もきっとそうなんだ。

俺も人に優しくされると、優しくしたくなる。

人に優しくすると人は、自分に優しくしてくれる。

尾道の人は優しいから、俺も自然と優しくなれる。

いつかは自分から、人に優しく振る舞える人になりたい。

そう思ってここに来た。

そして人からの悪意にも臆することなく、強い優しさで返せる人になりたいと思っている。」


「もしかして、だから私に話しかけてくれたの?」

「別にそこまで考えてた訳じゃない。なんとなく晴陽の表情が不安げだっと言うか、不満げだったと言うか、何か気になったんだよ。」

「ありがとう。」嬉しかった。

人が優しくしてれるという事は、その人が私の事を理解してくれようとしている行為だから。


賢太は照れたのを隠すかのように、

「さぁ、頂上の展望台までもう少しだ、帰りはロープウェイだ。」

「よし!頑張る。だから下山したら、美味しい物食べに行きたい。実は行きたいお店があるの!」

私は行くときに見かけたワッフル屋さんを思い浮かべていた。

お店の前を通ったら甘い匂いが漂ってきていたのだ。

私達は展望台も行って、ロープウェイで降りてきた。


「ここ、ここ!あっ長蛇の列だ。」お店の前には観光客が列を成していた。

「裏に回ろう、TakeOutができるはずだ。

店内と同じ物って訳にはいかないけど。これを持ってうしとら神社へ行こう。

推定樹齢900年の楠があるんだ。」

ワッフルをTakeOutして、艮神社へ行った。

境内に入り山門を振り返ると、先程乗ったロープウェイ乗り場が見える。

境内の御神木は、思った以上に大きかった。初めてこんなに大きな樹をみた。

空を見上げると枝が空を覆うように広がって、空の青さと緑のコントラストがとても綺麗だった。



 私達は夕方の石段を歩いて帰っていた。

あっ逢魔が時だ。

「ねえ、逢魔が時って知ってる?」

「ああ、聞いた事はあるよ。でもそれって、昔は外灯とか無いから、夜は夜盗や追い剥ぎなんかが出て危ない。だから外出を控えるように、注意喚起しただけじゃないの?」

「そっかぁ。妖怪とか幽霊とか信じないタイプかぁ。」

「ごめん、否定してる訳じゃない。

信じてる信じてないとかの話じゃないよ。

俺は自分自身で実体験のない事は、内側に入ってこない。

逆に実体験すらあれば、非現実的な出来事もすっと入ってくるよ。

まぁ自己中なんだよ。」


何故だろう、賢太とは知り合ったばかりなのに、一緒にいて自分が生き生きしている。

私は今日一日で、心が生き返った気がした。

久しぶりに楽しいという感情が胸に溢れた。


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