第16話 友達

2018年7月


 おばあちゃんが起きるまでのつもりで読んでいたのに。

すっかり、読み入ってしまった。備忘録を大切に閉じた。

台所からお味噌汁のお出しの良い匂いがした。

広島のお味噌汁は基本いりこのみで、お出汁を取るのだ。

前夜に水を張ったお鍋にワタを取ったを入れて一晩おくのだ。

ワタから苦みが出るので、ワタを取るのがコツだとお母さんが言っていた。


私は慌てて身支度をして、台所へ向かった。

おばあちゃんは、お台所で朝食の準備をしていた。

「おはようございます。何か手伝うよ。」

「大丈夫よ、朝の涼しいうちに天神さんへお参りへ行ってきんさい。

昨日行きたいと言うとったじゃろ。」

「ありがとう、じゃぁ行ってくる。」


 朝だというのに外は既に暑い!!

帽子をかぶり、薄手のシャツをひっかけて、石段を一歩一歩上って行った。

母の備忘録を読んだせいか、私と同じ歳、同じ夏休み、母は初恋の人に逢う為に通った石段。

同じ高校2年でも人生の厚み?濃さ?なんて言葉にすれば良いわからない。

でも、自分の人生と違いすぎて、焦りを感じた。


近所の人とすれ違う。「おはようござます。」と挨拶を交わすと、何故か町になじんだ気がするから不思議だ。


 社殿前の賽銭箱にお賽銭を入れて、手を合わせて目を閉じた。

次に目を開けるとイタズラな笑みを浮かべて、高校生位の男の子が立っていた。

私は少し驚いたが、近所の子だろう。無視するのも違うかなぁと思い。

会釈して去ろうとしたら

「おはよう。君はこの辺の人じゃないよね?」

「そうだよ、夏休みの間おばあちゃんの家に遊びに来てるの。

あなたもここの人じゃないみたい。違う?」

「正解。俺は尾道の親戚の家に下宿してる。」


 私達は石段に座って話をすることにした。

「俺の名前は賢太けんた。高校2年生だよ。」

「私の名前は晴陽はるひ。同じく高校2年生だよ。

下宿って事は尾道の高校へ通ってるの?」

「そう、尾道○高校。高校から親元離れて尾道に来てる。」


「何故、地元の高校へ行かなかったの?」

「俺の育った場所は、人が忙しい街だった。

人が人より秀でる事に力を注ぎ、人に蹴落とされないかと心配する。

そんな生活に疲れたんだ。俺はもっとシンプルで良い。

とにかく人が優しい土地に来たかったんだ。

だから尾道へ進学を決めた。」


「素敵だね。そんな風に自分を貫けるって。

私は、高校でトラブルがあって退学したんだけど、次の高校は親が有無もいわせずに決めてきたんだ。

まぁ引きこもっちゃった自分も悪いんだけど。もう少し、考える時間が欲しかったななぁ。」

「お前も今から貫けばいいじゃねぇの、自分を。

手遅れなことなんか、何一つない。と俺は思う。」


彼と話をする時間はとても楽しかった。

もしかしたら、人と競い、争い、虚栄を張る、そんな生活に疲れた二人だっだからかもしれない。

普段なら初対面の男の子と遊びに行く約束なんかしないのに、賢太君と千光寺へ行く約束をして別れた。

私は久しぶりの千光寺にワクワクしているのか、賢太君と遊びに行くことにワクワクしているのか自分でも分からなかった。


 

 急いで家に戻るとおばあちゃんが朝食を並べようとしていた。

「遅くなって、ごめん。」

「ええよ。手を洗っておいで。」

おばあちゃんが用意してくれた朝食は、お出汁が効いたお味噌汁、小イワシの南蛮漬け、大根おろし、どれも体が喜びそうで。体に染みわたる美味しさだった。体も心も癒やされた。

「おばあちゃん、とっても美味しかった。」

「口に合って良かったわ。」

「今朝天神さんで高校生の子にあった。賢太君って言って近所に下宿してるって。

おばあちゃん知ってる?」

「それりゃ大崎さんとこの賢ちゃんじゃなかろうか。

東京か神奈川じゃったか、関東の方から尾道○校へ通うんで来とるんよ。

ええ子よ、おばあちゃんが荷物持っとるの見たら、声かけて持ってくれるんよ。」

「今日一緒に、千光寺へ行こうって話になって、行ってきていい?」

「ええよ、行ってきんちゃい。楽しんどいで。」









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