第8話 彼の正体

 翌日、眠れずに朝を迎えた私は、早朝の天神さんの空気にふれたくて、石段をかけ上った。朝の空気は、まだ少しひんやりとしていた。

シロウには早すぎて逢えないと思っていた。

天神さんへ続く石段の途中、シロウは私を待っていてくれた。



シロウは私が来ることが分かっていたかのように、「おはよう」と言った。

「おはよう」私シロウの隣に座った。


 私から口を開いた。

「昨日の木村君って、見た目は木村君なんだけど、なんだか違ったよね?」

「そうだ、悪霊のたぐいだ。たまたま、彼の陽葵への執着に同調した悪霊が憑いてしまった。」

「シロウが祓ったんだよね?」

「そう。俺が御神木で作られた木刃で、悪霊のみを切った。悪霊は塵と化した。」

「シロウって」私は言葉に詰まった。


シロウは少し困った顔で「陽葵はどう思ってる?」

私は、少し考えて

「普通の人ではない。なんて言えば良いか分からないけど、もっと尊い存在?纏っている気配が普通の人とは違う。」言った。

言葉にしてから、漠然とシロウを失うかもしれないと不安が襲ってきた。

でも、誤魔化したりするのはフェアじゃない気がして嫌だった。


 その時「おはよう!今日は早いね。陽葵ちゃん。」

重い空気を払拭するように、明るい声がして笑顔のケンタ君が立っていた。

ケンタ君はこの場に居なかったのに、最初からその場に居たかの様に

「それで、シロウは どうするのつもり?」と聞いた。

シロウは、決意した表情で「正直に話したいと思っている。」と答えた。


 ケンタ君は笑顔で「了解!では、まずは僕から少し説明。」

「まず、僕達の名前を漢字で書くと、どんな字を書くか知ってる?僕は絢太と書く。シロウは獅狼。」

と言いながら地面に棒を使って名前を書いた。

「何か気付くことない?」

そう言われて、私が顔を上げると狛犬と獅子が対になった阿吽像が目に入った。

「もしかして、狛犬と獅子。いやいや、いくら尊いと言っても。。。」

「正解!流石だね!陽葵ちゃん。」絢太君は戯けて言った。


獅狼は真っ直ぐ私を見つめ

「俺達は狛犬と獅子の化身。ここの主様をお守りしている神使だ。」


一拍おいて「怖いか?陽葵。」と感情を殺した抑揚のない声で聞いた。

「怖くなんかない。獅狼はシロウだよ、変わらない。今までと何も。」


「私がこの事を知ったからと言って、獅狼は私の前から消えたりしない?」

獅狼は安堵したかのように少し微笑で、横に首を振った。

「良かった、それなら私は大丈夫。」

ほっと小さく息をついた獅狼は、優しく私の頭を撫でてくれた。


蝉の声が大きくなって、境内に夏の熱気が戻り始めてきた。

「一度朝食をとりに戻るわ。親に内緒できたから。絢太君説明ありがとう。」

「何か他にも聞きたいことがあったら、いつでも聞いてよ。陽葵ちゃん。」

絢太君はまるで私の中に湧き上がる不安に、気付いているかのようだった。


そう、私は問うことのできない疑問を抱えていた。

聞いてしまったら、絶対に後悔する疑問。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る