第6話 天神祭
夏祭りの日がやってきた。
私は母に浴衣を着せて貰った。私の浴衣は、紺地に紫陽花が描かれている。
母が縫ってくれたものだ。それを薄い灰色の帯でまとめる。
母のセンスが私は好きだ、派手ではないが粋なのだ。
そして自分で髪をアップにして、何度も鏡をチェックした。
何かを察した母は珍しく「とっても可愛いいわよ。さ!いってらっしゃい。」と背中を押してくれた。
私は「いってきます!」と自信を持って天神さんへと向かった。
シロウは石段の中程で待っていてくれた。
私はシロウを見つけて、嬉しくて駆けよった。
はき慣れない下駄であまりに急いだので、つまずいて転げそうになった。
シロウはそんな私を優しく受け止めて
「大丈夫?俺は何処にも行かないよ。」そう言って微かに笑った。
そうシロウは、いつも表情を大きく変えない。
だから最初は怒っているのかと思ったくらいだ。
でもよく見ると、彼は表情をいくつも持っていた。
その微かな変化を見つけると私は心が躍った。
まるでそんなシロウを知っているのが自分だけだと思えて、嬉しくなった。
私達は、はぐれないようにと手をつないだ。
初めて異性と手をつなぐ事に緊張していた。
そんな私の緊張と不安を察してか、シロウは手をしっかりと握ってくれた。
でも、私は手から心臓の早い鼓動が伝わるのではないかと、気が気でなかった。
ヨーヨー釣り、綿菓子、リンゴ飴と色々楽しむにつれ、時間が経つにつれ、緊張はほぐれ、手を引いてもらって歩くのが心地良くなっていた。
私は、ガラス細工屋でリンゴのガラス細工を見つけた。
リンゴは透明なガラスに淡い色が交差し気泡に包まれていた。
あまりに儚げな存在感に魅入っていた。それは、まるで初恋のような儚さだった。
そんな私に気付いたシロウがリンゴを手に取り
「オヤジ、これをくれ。」といった。
「おっ、彼女へのプレゼントかい?良いねぇ可愛い彼女とお祭かい、羨ましいねぇ。」
「ああ、可愛いだろう。俺の彼女。」
そう言ってこちらを見た眼差しは、とても優しかった。
私は、シロウからリンゴを受け取りながら、まるで私の初恋を貰ったような気持ちになった。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
お祭りも佳境に入り、花火が上がった。
皆が花火に見入るなか、私は花火を見るシロウの横顔に見入っていた。
シロウの横顔は威厳に満ちており、あまりにも美しく、人とは思えず不安になった。
思わずつないだ手に力が入った。気付いたシロウは心配そうに私の顔を覗きこんだ。
この花火が終わったら今年の夏祭りも終了だ。
私はこの花火が永遠に続けば良いのにと願った。
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