第5話 漆黒の闇
明後日は天神祭だ。
そして明日から待ちに待った夏休み。
学生は、皆、身も心も浮き足だっていた。
夏休み前に意中の人との関係を進めておかないと、しばらくは会えない。
あわよくば、付き合いたい。
お祭りに誘い距離を縮めたいなど、色々な想いが交差する時。
中には焦りから、事を急ぎすぎて失敗する者もいる。
そんな中の一人に私に付きまとう男子学生がいた。
彼とは同じ塾だが、ほとんど話した事も無い。
名前は確か、木村君だったと思う。
今までの私は、『一目惚れ』を人の外見だけで何が判断できるのか知らないが・・・とずっと軽蔑していた。
シロウと出逢うまで。
だからか今まで上手く
とうとう木村君とこじれて、天神さんまで付きまとわれてきた。
ふと周りをみると夕焼けが沈みかけ、微かに赤紫色の空が果てに残っていた。
逢魔が時だ。シロウに注意されていたのに!後悔したが時は遅かった。
境内に入った辺りからだろうか、木村君の様子がおかしい。
妙に苛ついた様子で、何かブツブツ言っている。
私は怖くなって逃げ出した。
「待て!」と叫びながら追いかけてきた。
あっという間に追いついた彼は、私の肩を掴んだ。
私は恐怖のあまり「やめて下さい。」と大きな声で言った。
彼は一瞬ひるんだが
「俺は君と仲良くなりたいんだ。俺を知って欲しい、友達からでいいから。」
と言いながらジリジリと間合いを詰めてきた。
彼の目が、焦点が合ってないような目、まるで漆黒の闇のように真っ黒。
私は恐怖で足がすくんで動けなくなった。
もう無理!そう思った時。
低い声で
「その手を離せ!」
そう言うと木村君の手をつかんだ。シロウだ。
「陽葵、大丈夫?」
シロウは彼を軽蔑のまなざしで一瞥し言った。
「陽葵が嫌がってる、分からないのか?」
「何だって!俺は彼女と話したいだけだ、邪魔するな!」
向かってこようとする木村君にシロウは静かな声だが、射貫くような鋭い視線を向け言い放った。
「誰の許可を得て、この境内で好き勝手やっている。」
木村君の目に一瞬で光が戻った。我にかえり彼は逃げ帰った。
「ありがとう、いつもは上手く躱せるのに。失敗しちゃった。」
私はぎこちなく笑った。
でも恐怖はまだ私の中に居座っていて、震える手を隠した。
そんな私に気づいたシロウは、優しく抱きしめ頭を撫でながら
「大丈夫、陽葵のことは俺が必ず守る。何処にいても。約束する。」
私は、嬉しさと安堵とで涙が次から次に、頬をつたう。
彼は「だから泣くな陽葵、笑え。」と言った。
そして、シロウはその涙を優しく唇で受け止めてくれた。
私は守られる幸せを噛みしめていた。つかの間とは知らず。
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