第3話 夕凪

 シロウと私が親しくなるのに時間は掛からなかった。

私達は自然に距離を縮めていった。

何故か昔からの知り合いのように、お互いの事が大切に思えた。


私は、御神木の側にあるベンチで良く勉強をしていた。

御神木の作り出す日陰で蝉の声を聞きなが、勉強をすると御神木に守られているようで心地良かった。


私が勉強をしている間、シロウは本を読んでいた。

私の勉強が終わると、二人おしゃべりをした。

おしゃべりと言っても、私が話す学校の話にシロウが耳を傾けてくれている。



 ある日私がいつものように、ベンチに座っていると。

私より少し年下だろうか、少年が声をかけてきた。

「お姉さん、シロウのこと待っているの?」

「そうだけど、君は誰?」

少年は私の質問には答えず

「シロウとは、無理だよ。」

「無理って?何が?」

「そのままだよ。お姉さんとシロウとは、どうこうなれないよってこと。」

私はどうして、彼にそんなこといわれる不思議だった。


「ケンタ!何してんだ!」

珍しく、苛立ったシロウの声が後ろからした。

ケンタと呼ばれた少年は悪びれること無く「何?僕は、嘘は言ってないよね?」と言った。

「黙れ!お前に関係ないよな?」シロウが声を荒げたのを初めて聞いた。

シロウは私の手を引き境内の街が一望できる場所へと移動した。

ここからは海がみえる。夕凪だ、風が止まった。


シロウが落ち着きを取り戻した。

「陽葵、あいつの言うことを気にすることはない。」

「あの子はシロウの知り合い?」

「あぁ、ケンタは兄弟みたいなもんだ。」

彼からこれ以上のこの話題には触れて欲しくない事が伝わって、これ以上は聞けなかった。


 その日から、ケンタもたまに現れるようになった。

暑い日は、私は家から冷えた麦茶と手作りのお菓子を持ってきた。

シロウは私が持ってくるお菓子を、いつも美味しいと喜んでくれた。

私はシロウが喜んでくれるのが嬉しくて、色々なお菓子を作った。

洋菓子から和菓子何でも挑戦した。

シロウの事を想いながら過ごす時は、至福の時だった。

誰かの為に何かをするという経験は、初めてだったがこんなに満たされた気持ちになるとは、驚きだった。


洋菓子の日は決まってケンタが現れた。

ケンタは洋菓子が大好きで、洋菓子の日は私の分まで食べた。

私達は二人で時には三人で楽しく日々を過ごした。


ケンタは最初の印象とは異なり、人懐っこくて可愛かった。

チョコチップマフィンが大好きで、口の周りにチョコを付けては笑いを誘った。

不思議だったのは明らかにシロウの方が年上なのに、二人が対等だったこと。

時にはケンタの方が年上に見えることすらあった。

そんな事も楽しく過ごすうちに気にならなくなっていた。


こんなに楽しい夏は初めてだった。

私はこの夏が延々に続く事を祈った。



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