第8話 離反



― アマイア暦1330年 桜の月4月6日 午後 ―

   <ルムス大平原南 魔神教アジト ホール>



「ルシア様!!」


シュネルが通路から姿を現し、ルシアの名を呼ぶ。


「シュネル!―――ヨハンは?」


槍斧《ハルバード》―――「白天狗」しろてんぐを振るいながら、ルシアは声の主に視線を送る。だが、彼と一緒にいる筈の相棒の姿が見当たらず、ルシアが尋ねた。


「戦闘中によそ見とは良い度胸ね」


フードを被った大柄の白狼グラシアナが叫び、紫色の金属質の包帯を巻いた左腕を繰り出す。


「…くッ!!」


凄まじい速度で飛んでくる重いパンチを槍斧で弾いていなす。


「訳あってヨハンは今、僕とは別行動をしています。でもすぐに合流できる筈です」


「…そう。とりあえず、良いところに来たわ。ちょっと手を貸して!!」


グラシアナの左腕が上がった瞬間を見計らって、ルシアは槍斧をブン、とぎ、シュネルに助けを求める。


ルシアはユージンがいないことを怪しんでいるようだが、グラシアナ強敵と対峙している今、それをじっくり考える余裕がないようだ。


ユージンとオルロ、シエラはホールの近くでシュネルがルシアたちの方へと向かっていく後ろ姿を見守る。




ここまでの展開はユージンの想像通りだった。


元々、陽動役のルシアは先にアジトに入り、アジトの管理者を入り口から遠いところで殺して信者たちを引き付け、その隙に別働隊で潜入したユージンとシュネルが機械人形オートマタの生産工場を見つけて破壊する―――そういう作戦だった。


しかし、前の世界では、彼女は記憶が戻った可能性のあるユージンを警戒してか、あるいはアジトに至る所にある隔壁で行動を制限されるのを恐れてか、ホールで脱出路を確保しつつ、ユージンとシュネルを待っていた。


彼女がそうした行動を取ると事前にわかっていればこちらもやりようはある。


彼女がホールで暴れまわれば当然、信者たちは集まってくる。


やり直し前は偶然にもオルロが陽動を引き受けてしまったため、集まってくる信者の数は少なかったようが、今回はそれなりの人数が集まった筈だ。


その証拠にホールにはディミトリ派の信者たちの死体が無数に転がっていた。


そして、被害が大きくなれば当然出てくるのは魔神教の幹部グラシアナだ。


グラシアナをルシア、エドヴァルトはユージンたちが到着前にぶつかる。


この状況下であれば、数的不利なグラシアナはユージンたちと共闘せざるを得ない。




ユージンは素早く部屋を見回すが、予想に反し、エドヴァルトの姿は見当たらない。


(いない?…いや潜伏してるのか?)


コード「001」を使わなければエドヴァルトがこの場にいるかどうかはわからないが、恐らく彼は隠れている筈だ。


(グラシアナとルシアが戦っているのに、エドヴァルトが手を貸さない?ルシアはエドヴァルトに気づいていてそうしてるのか?それとも…)


やり直し前の世界で、エドヴァルトがいつのタイミングからどこに潜伏していたかはわかないが、そもそも彼の狙いがわからない。


機械人形オートマタの破壊やアジトの殲滅せんめつが目的ではない?)


そこまで思考が巡った時、シュネルがルシアの助太刀のために腕を「剣」に変えてグラシアナの方へ走り始めた。


「ユージン…今だ」


側にいたオルロがささやく。オルロとシエラは既に「ハイド」を使用しており、姿は見えない。


(とにかく作戦通りにやる)


ユージンは頷き、スマートワンドを掲げる。


「!!」


シュネルの接近に気づいたグラシアナが耳を立てて僅かに警戒を示す。


「ショートカット!コード『001』!」


ユージンの声に反応し、スマートワンドが輝いた。


「「!!」」


通路から聞こえたユージンの声にグラシアナとルシアの動きが一瞬警戒で固まる。


ホール全体を一瞬でユージンの魔力MPが覆った。


疑似「サーチ」のフィードバックによって潜伏している者の位置が一瞬でユージンの頭の中に飛び込んできた。


この場に潜伏している者は3人。


シエラとオルロと…


(やはりいたか!しかも…)


「グラシアナ!後ろだ、避けろ!!!」


ユージンが物陰ものかげから叫んだ。


「!!!」


グラシアナはその声に反応し、地面を蹴る。


その瞬間、彼女のローブをナイフがかすめた。


「チッ!外したぁぁぁぁぁ」


ナイフを持った青いフードに目の周りの縁が赤い司教の仮面をかぶった男が突然空間から姿を現し、舌打ちする。


「ヨハン、どうして!?」


「白天狗」を振りかぶったルシアはやはりエドヴァルトの潜伏は把握していたようだ。通路の方に視線を向け、そこに立っていたユージンを見てショックを受けたように呟く。


その言葉には「なぜエドヴァルトの位置がわかったのか」と「どうしてグラシアナに彼の位置を知らせたのか」の2つの意味が含まれていた。


「ああああああ!!!」


彼女の疑問が解消される前に、グラシアナが叫び声を上げて、紫色の金属質の包帯をまとった左腕をルシアに向けて繰り出す。


「くっ!?」


動揺を隠せぬまま、ルシアは槍斧でグラシアナの攻撃を受け止めた。


「いーけないんだ、いけないんだぁ~~~。裏切った。―――そういうことで良いんだよァ!?ヨハンくぅぅぅぅぅうううん」


エドヴァルトが嬉しそうな声を上げてぐるん、と頭をユージンに向ける。


「あれ?ヨハン君、なんか髪染めた?」


仮面の奥のルビーのような瞳と目が合い、ユージンはぞわっ、と全身に鳥肌が立つのがわかった。


ユージンがエドヴァルトにスマートワンドを向ける。


「ショートカット『エネルギーショッ…』」


「やめなさい!!」


グラシアナの攻撃を防ぎながらルシアが叫ぶ。


魔神教徒は知らず知らずのうちに、毎日の祈りの時間に紫色の炎に含まれた薬物を嗅がされ続ける。


その薬物の催眠効果によって魔神教徒は自分より上位の者には絶対服従を強いられる。


ユージンはそれほど熱心に祈ることはなかったがそれでも薬物の影響を少なからず受けていた。


故にルシアの命令には逆らえない―――筈だった。


しかし…


「『エネルギーショット(3)・改』!!!」


ルシアの命令を無視して青紫色の魔法弾がスマートワンドから放たれ、エドヴァルトを襲う。


「!?」


エドヴァルトは自分に向かって飛来する魔法弾に目を見開きながら光に飲まれていった。




「~~~~~!!!はっはっはっはっは!!!!マジかぁ~。マジかマジかマジかぁ~。くひひひッ!おいおい、最高かよ、ヨハン君!」


魔法弾の光が消え、クックックッ、と笑いながらエドヴァルトが姿を現す。


片手で魔法弾を受け止めたのか、伸ばした右腕は肘から先が吹き飛んでいた。


その仮面は剥がれ落ち、青いフードは焼け、筋肉で引き締まった上半身が露出している。


仮面の下の素顔をユージンは初めて見るが、真鍮しんちゅうのような黒みがかった金髪に、褐色の肌の青年だった。


「いってぇぇぇぇなああああ、はっはっはっ!腕、吹き飛んじまったよ。どうすんだ?…ええ!?」


自分の腕が吹き飛ばされたにも関わらずエドヴァルトはご機嫌な様子で大笑いする。


(どういうことだ?今、俺…)


魔法弾を放ったユージン自身も驚いていた。


(上位者の命令を無視して攻撃ができた。―――やり直しによって薬物の効果が無くなった?わからない…わからないが…)


「…コマンド『エネルギーショット(3)』」


戦えるならば嬉しい誤算だ。


ユージンはすぐさまスマートワンドに次弾の詠唱を開始させる。


「シッ!!」


「…っとぉ!?」


グラシアナを狙う振りをして接近してきたシュネルがエドヴァルトの死角に回り込み、「剣」を振るう。


エドヴァルトは「剣」の刃を左腕でガシッと掴み取った。


シュネルの「剣」はレベル4のトロールの首を一撃で両断する凄まじい斬れ味を持っている。しかもその「剣」を振るうシュネル自身の身体能力は魔物のそれと等しい。


(それを素手で白刃取りだと!?)


「クックックックック…いやいやいやいや…シュネル君も容赦ないねぇ。でも、俺、そういうのは嫌いじゃないぜぇ」


そういって笑うエドヴァルトの白目が黒く染まり、上半身もそれに伴い赤黒く変色していく。


「ウグッ!?」


エドヴァルトの左腕に掴まれた「剣」がビキ…ビキ…と音を立ててひび割れていく。その痛みにシュネルが思わず顔をしかめた。


「『妖魔剣』!」


「っとぉ!?」


ユージンの魔法弾によって肘から先が消失していた右腕がビキビキビキ、と音を立てて再生し、スキル『姿隠し』で背後から突然姿を現したシエラの必殺の一撃を受け止める。


「あーあーあー!腕!再生したばっかだってのに!酷いなぁ~」


シエラの剣が右腕の半分まで食い込むのを見て、エドヴァルトは顔をしかめてみせる。


「なにコイツ…化け物!?」


反応速度が異常だ。それにスキルなしで「妖魔剣」を防がれたシエラは動揺を隠せない。


「く…抜けない」


シエラは力を込めて剣を引き抜こうとするが、右腕の筋肉を締められているせいでビクともしない。


「とりあえず、君たちは邪魔だからご退場願おうか。とりあえず今、俺はヨハン君と遊びたいんだ。…な?」


額を突き破って2本の角を生やし、鬼の姿となったエドヴァルトがニヤァァァ、とシュネルとシエラに笑いかける。


シュネルとシエラの脳裏に死の予感が駆け巡る。




『影踏』シャドウ・ステップ!!!」




その瞬間、オルロの静かな声がホールに響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る