第7話 「ねぇ、そろそろいい加減にしてよ」


― アマイア暦1330年 桜の月4月6日 午後 ―

 <ルムス大平原南 魔神教アジト Eブロック付近>



「…で、勝算はあるのか?」


信者から手に入れたカードキーを使い、Fブロックを出た4人はホールに向かって移動していた。


その道すがらオルロは唯一この先のことを知っているユージンに尋ねる。


「…正直、誰一人欠けずにここから出られるかはまだわからない」


ユージンはシエラをチラリと見ながら素直に話す。


「!! やっぱり―――」


「…でも俺たちが協力しなければ可能性はゼロだ」


口を開いて非難しようとしたシエラの言葉に被せるようにユージンは続ける。


「前の世界ではとシュネルがホールについた時にはすでにルシアと君は戦っていた。つまり、『ハイド』とステルスローブでもルシアを出し抜けなかったということになる」


「そのルシアってヤツはお前と同じようなスキルを持っているのか?」


オルロが尋ねる。


スキルなしで「ハイド」やステルスローブを併用したシエラを見つけることはほぼ不可能だ。


そして隠密行動を看破するスキルを持っていたとしても、シエラがその場にやってくることを知っていなければ彼女に気づくことはないだろう。


つまり、「ハイド」とステルスローブを使用したシエラを見つけるためには、事前の情報と入念な策が必要となる。


自動で隠密行動を感知するようなスキルでもない限り、初見での対応は難しい。


自身が「ハイド」の使用者であるオルロはそのことをよくわかっていた。


「ああ」とユージンは頷く。


「彼女は『奇襲無効』というスキルを持ってるらしい。不意打ちのたぐいは一切効かないと本人が言っていた。つまり、彼女のそばを通れば、どんなに隠れていても絶対にバレると考えた方がいい」


「つまり、ホールにそいつがいたら隠れて脱出することは不可能ってことか」


ユージンは頷く。「ハイド」とステルスローブを合わせ持つシエラですらホールを突破できないのだ。


ルシアとエドヴァルトがホールにいる限り、交戦は避けられない。


「ねぇ、そもそもルシアたちの仲間のフリをしてアンタたちが先に出て、私たちは後で出ればいいんじゃないの?」


シエラが首を傾げ、最も成功率の可能性の高そうな案を掲げる。


だが、ユージンは首を横に振った。


「いや―――ダメだ」


「エドヴァルト、か」


ユージンはオルロの言葉に頷く。


「アイツに集会で再会した時、殺されかけた。ルシアがいなかったらここまでたどり着くこともできなかったと思う。―――多分、アイツには全部バレてる。根拠はないんだけど…」




『その左目・・、似合ってるぜ』


『じゃあな、ヨハン・・・くん、また会おう』




「…ッ」


不意にユージンの脳裏に彼の笑い声と目とまぶたの隙間にナイフが突き刺さるリアルな感触がよみがえる。


エドヴァルトは集会で再会した時からユージンの正体に気づいていたようだった。


―――イレーネ派の幹部として「ヨハン」がユージンの記憶を奪い、彼を「合成生物キメラ」であると教えこんで利用していることは知っているだろう。しかし、彼はひと目でユージンの記憶が戻っていることを見抜いた様子だった。


(アイツと次会えば、今度こそ絶対に殺される…)


「…おぇ…ッ!!!」


ユージンは突然足を止めると通路の壁に向かって吐瀉物としゃぶつを撒き散らす。


こめかみの辺りから一気に血の気が引き、つま先まで痺れが走る。歯をカチカチと打ち鳴らしながら両腕を抱きしめる。


「…ッ、ちょっと!」


「ユージン!!大丈夫?」


それを見て顔をしかめるシエラと心配そうに駆け寄るシュネル。


「すまない…だが、これからヤツに遭遇するんだろ?…大丈夫なのか?」


オルロが冒険者バッグから布を差し出しながら尋ねる。


「…ああ」


青い顔をしながらユージンはオルロから布を受け取り、口元をぬぐった。


「まだシエラの脱走はバレてないようだし、ちょっと休もう」


シュネルが心配そうに休息を提案する。


「いや…シュネル、気遣いは嬉しいけど先を急ぎたい。早くいかないと条件・・が変わってしまう」


「条件?」


ユージンは再び歩き始めながら頷く。


「エドヴァルトにもオルロやシエラのように姿を消す能力がある。でも、さっきやってみせたように限定された空間ならは『コード001』を使ってエドヴァルトを見つけることができる…と思う。けど…」


「…ホールからもしエドヴァルトが離れられたら、彼を見つけるのが難しくなる…そういうことね?」


シエラがユージンの言葉を引き継ぐ。それに対し、「うん」とユージンは肯定した。


ユージンの「コード001」は本家の索敵スキル「サーチ」の数倍の魔力MPを消費する。


連発すれば、魔力MPはすぐに尽き、魔力MPを対価に魔法を行使する職業ジョブである「魔法使い」のユージンは戦うすべを失うことになる。


「あ…!ねぇ、ユージン、イチゴちゃんを特定して自動で攻撃する魔法みたいにエドヴァルトやルシアだけを特定して捕捉し続けることはできない?」


シュネルがふと浮かんだアイディアをユージンに尋ねる。


だが、ユージンは苦笑いして首を横に振った。


「…正直言うとあれはハッタリだ。オルロとシエラにやってみせたように、一回1km圏内にコード『001』を展開して、イチゴウと同じ周波数ピー電波ピーを持つ生き物に対して追尾型の『エネルギーショット』を撃っただけ」


「え…じゃあ…」


シュネルがキョロキョロと周囲を見回すが、ユージンは「いや、それは大丈夫だと思う」と近くに監視ドローンが潜んでいる可能性を否定する。


「一応、さっきオルロたちに実演した時に合わせてイチゴウも調べたけど近くにはいなかった。向こうも何度も破壊されるのは嫌だろうから少なくともここを脱出するまでは大丈夫だと思うよ」


「そっか」とシュネルはホッとした顔をした。


「それで…話を戻しましょう。そのエドヴァルトってヤツの不意打ちを止めれば勝てるわけ?」


逸れた話を戻すシエラにユージンは「どうだろうね」と苦い顔をする。


先程グラシアナに再会して気づいたことだが、ユージンがエドヴァルトから一度捕まった時、助けてくれた謎の人物の正体は恐らく彼女だ。


(けど…エドヴァルトが俺に追いついて来たってことは…)


ユージンは唇を噛む。


―――恐らくグラシアナはエドヴァルトに敗れたのだろう。


グラシアナの魔神教での立ち位置はあの仮面を見るに「司教」だ。つまり、ユージンやシュネルよりも格上、そしてルシアやエドヴァルトとは同格ということになる。


もちろん「階級は強さ順」という単純なシステムなわけではないだろうが、魔神教という組織の特性上、仮面を奪えば誰でも幹部にすり替わることができる。


そのため、階級が高いということは、その仮面を保持し続けるために、それ相応の実力を持っていると考えるべきだ。


つまり、現時点で、「司教」であるグラシアナはルシアやエドヴァルトと同じく、「司祭」であるシュネルやユージンよりも戦闘能力は上と見るべきだ。


だが、エドヴァルトたちと同格のグラシアナでさえ、ユージンを逃がすのに十分な足止めすらできず敗れたということは…。


(エドヴァルトの潜伏を見破ったところで勝てない可能性が高い)


ユージンはオルロに一瞬視線を送る。


オルロもそれに気づき、小さく頷いた。


シエラにはグラシアナがこのアジトにいること、そして彼女とユージンたちが先ほど遭遇したことだけは話していない。


それを話してしまえば、彼女はこのアジトを脱出するよりもグラシアナを殺しに行くことを優先するに違いないからだ。


「実は…さっきグラシアナと会った」


「うぇ!?」


オルロの発言にユージンが思わず声を上げる。


(ちょっと待て、オルロ、さっきのアイコンタクトはそういう意味じゃないッ!!)


ユージンはオルロを睨むが、時すでに遅し。


シエラの顔がみるみるうちに変わっていく。彼女は足を止めて低い声でオルロに尋ねた。


「…グラシアナアイツと…?どこで?」


「Fブロックの隔壁の前で、だ」


「なんでそれを早く言わないの!?」


シエラがオルロを怒鳴りつける。


「…言ったらお前が飛び出すだろうからだ。なあユージン」


(そこで俺に振るなよ、バカ!!)


ユージンはオルロの胸ぐらを掴んでやりたい衝動を必死で抑え、頭の中で言い訳を考える。


だが、シエラの鋭い視線に射抜かれると、考える側から言い訳が全て吹っ飛んでいった。


「…ごめん」


ユージンはなんとかその言葉を絞り出す。


シエラは冷たい目でオルロとユージンを一瞥いちべつすると向かっていた方向とは別の方向に歩き出す。


「シエラ!」


「来ないで。どうせこの先にアイツはいないんでしょ?アンタたちはアイツと私を会わせたくないんだから」


「待ってくれ!シエラ!…もう、お前のせいだぞ、オルロ」


ユージンはオルロを睨みつけ、シエラの後を追う。シュネルはため息をついてユージンについていく。


「シエラ!!!」


その時、オルロがシエラを大声で呼び止めた。


「…なによ」


シエラが面倒臭そうな顔で振り返る。


「お前がグラシアナを恨んでいるのはわかってる。だが、アイツは今も昔も俺たちの味方だ。アイツともし共闘できれば…」


オルロの言葉を聞いた瞬間、シエラが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「アンタ、あの狼と実はデキてるの?どうやって生きてきたらそんな発想になるわけ?アイツはジルベルトを殺した。私の里を滅ぼしたお姉ちゃんあの女とグルなのよ!?一緒に戦うなんてできるわけないじゃない!!!」


「それは…そうだ。俺だってアイツを許せるわけじゃない。…けどな」


オルロもジルベルトのことを思い出しているのだろう。唇を噛み、地面を見つめて…そして、シエラを見る。


「アイツはお前に殺される覚悟がある、と言っていた」


「じゃあ!なんで私の前に姿をあらわさないわけ!?出てきたら一瞬で首をねてやるのに」


シエラが吐き捨てるようにオルロに向かって叫ぶ。


「…まだやらなきゃいけないことがある、と言っていた」


「やらなきゃいけないこと!?ハッ!それって『魔神を復活させて世界を滅ぼすこと』じゃないの?だってアイツは魔神教なんだから」


「それは…」


オルロが言いよどむ。グラシアナが言っていた「やらなければいけないこと」が魔神の復活だったとは思えない。しかし、それはあくまでもオルロの印象でしかなかった。


今、シエラにオルロの抱いた印象を正しく伝える言葉は、残念ながら見つからなかった。


「『言ってた』『言ってた』ってさ、アイツの言うことを鵜呑うのみにするの?!馬鹿じゃないの?アイツは裏切り者で、嘘つきなのよ!?そんなヤツの言う事を信じるなんてどうかしてる!!!」




「…ねぇ、そろそろいい加減にしてよ」




「「!?」」


その時、シュネルがボソリ、と言い放つ。2人は驚いてシュネルに顔を向けた。


シュネルは灰色の瞳を細め、シエラを冷ややかに見る。


「黙って聞いてればさ、ユージンが親切で未来を教えてくれているのに、君はそんなに死にたいわけ?」


「!!」


「シュネル…」


ユージンがシュネルを止めようとするが、シュネルは手でユージンを制止する。


「悪い、でも言わせて。…ユージンの昔の仲間だっていうから僕は君たちと一緒に行動してる。けど、ユージンが悲しまないなら僕は君たち2人がどうなっても構わないし、僕は1人でもユージンを守る」


シュネルは自分の心の内を隠すことなく明かす。


「シエラだっけ?…君が僕らと一緒に行きたくないならどこへでも行けばいい。復讐でもなんでもすればいいさ。僕は君やルッカとやらがどうなろうと関係ない。…けど、ユージンが悲しむことをすることだけは許さない」


「!!」


シエラはその言葉に目を見開く。


「シュネル、やめろ」


ユージンがシュネルの腕を掴み、制止する。


「でも…」


「やめてくれ。…頼む。俺の目的は全員でここから脱出することだ。…シエラと決別することじゃない」


「…ッ!!」


ユージンの真剣な訴えに対し、シュネルは雷に打たれたようにビクッ、と顔を強張こわばらせた。そして「…わかった」としょんぼりとした顔をしてうつむく。


凍りついた気まずい空気が流れた。


「…シエラ」


「………なによ」


シエラは腕を組み、真っ先に声を発したユージンの方へ顔を向ける。


の目的は今言ったように『全員でここから脱出すること』だ。君は自分とルッカの命よりも『グラシアナを殺すこと』が優先かい?」


「………………………違うわ」


ユージンの問いかけに対し、長い沈黙の後、シエラは応える。


「グラシアナだけじゃなく、ヘレナにも復讐する必要があるわ。そして、その後は…ルッカに幸せに生きて欲しい」


「つまり、『ルッカが生き延びること』が最優先ってことだよね?」


「…そうよ」


シエラはユージンの問いにやや間を置いてから頷く。


「…じゃあ僕ら・・の目的は同じ筈だ」


ユージンはオルロとシエラ、そしてシュネルの顔を順番に見た。


「ルッカが生き延びるためには皆が協力する必要がある。…正直、グラシアナに共闘してもらえれば、俺たちの生存率は一気に増える筈だ。そして状況的には彼女の力を借りることができる可能性はある」


グラシアナは魔神教の幹部だ。自分の派閥のアジトで、しかも部下たちの目の前でユージンたちにもう一度協力してくれるかどうかはわからない。


だが、グラシアナはディミトリ派だ。敵対関係のイレーネ派のルシアとエドヴァルトがアジトにいる状況であれば、敵の敵は味方となり得る。


「もちろん、正直リスクはある。仮に共闘してルシアたちを倒せても、その後、グラシアナが俺たちを見逃してくれるかどうかはわからない」


「俺たちが侵入者だってことがバレたら、少なくともグラシアナアイツの立場上、部下の前では見逃してくれないだろうな」


ユージンはオルロの言葉に頷く。


「でも…グラシアナの力を借りたとしてもエドヴァルトとルシアを相手にして、このアジトから全員無事で抜け出せるかはわからない」


ユージンはシュネルをじっ、と見つめた。


うつむいていたシュネルはユージンの視線に気づき、頬を赤らめる。


「…な、なに?」


シュネルは上目遣いでユージンに尋ねた。


「やり直し前はオルロがルシアを倒してたけど、それはルシアがシエラやシュネルと連戦して弱っていたのも大きいと思うんだ」


「じゃあ3人がかりで挑めば少なくともルシアは簡単に倒せるってことじゃないか?」


オルロの問いにユージンは「いや、違う」と応える。


「あの時はシュネルが『全武装』《フルアーマー》を使っていたんだ」


「『全武装』《フルアーマー》?」


ユージンは首を傾げるオルロと腕を組んだままのシエラにシュネルの「武装」アームの説明をする。


「シュネルは身体の一部を取り込んだ力と同じ性質を持った『武装』アームとして具現化することができる。でも、身体の負担が大きいから同時に『武装』アームを具現化できるのは二箇所だけなんだ」


「それ以上の箇所を変化させるとどうなるの?」


「暴走しやすくなる。…全身を「武装」アームにすれば…恐らく身体が元に戻れなくなる」


シュネルがシエラの質問にユージンの代わりに応えた。ユージンは頷く。


「それを僕がルシア様に使ったんだね?そして―――それでも勝てなかった」


「ああ」


「…」


苦い顔をするユージンの回答を聞いてシュネルは黙り込み、そして


「それは…本当にヤバいね」


と、顔をしかめる。


「はっきり言ってこの中で僕が一番強いと思ったんだけど」


「「!!」」


シュネルの聞き捨てならない発言にオルロとシエラがピクリ、と眉を動かす。


「おい、シュネル、やめろ」


2人をあおるシュネルをユージンがいさめ、


「一番強いかどうかは置いておいて、確かに『全武装』《フルアーマー》のシュネルは相当強い。だが…今回はそれなしでいどむ」


「!! どうして…」


口を開きかけたシュネルにユージンは「言ったろ」と被せる。


「全員が無事にこのアジトから脱出するのが目的だからだ。お前が元に戻れなくなったら意味がない。だからシュネル、お前は絶対に『全武装』《フルアーマー》を使うな」


その言葉に感激したのか、「…ユージン」とシュネルはじーん、と目に涙を浮かべる。


「嬉しいけど…僕は君が危ないと思ったら迷わず使うよ」


「ダメだ」


ユージンは首を横に振る。そこは絶対にゆずれなかった。


「もし、お前が『全武装』《フルアーマー》を使うなら、俺はその瞬間に2度目の『アンドゥ』を使う。もちろん、オルロやシエラが死んでも同じだ」


「!! ダメだ!!」


2度目の「アンドゥ」の使用がなにを意味するかを知っているシュネルは青ざめた顔をして首を振る。


「ならの言う事を聞いてくれ」


ユージンはシュネルにピシャリと言い放つ。


「…………ッ!!!…わかった」


ぐ…、と喉をつまらせて、シュネルは渋々と頷いた。


「じゃあどうするのよ?綺麗事だけじゃどうにもならないわ。どうやって私たちが全員無事にここから抜け出すの?」


黙っていたシエラがユージンに苛立ちながら問いかける。






「これは賭けだけど…俺に考えがある」


ユージンは頷いて、自分の考えを3人に伝えた。

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