第6話 広がる溝


― アマイア暦1330年 桜の月4月6日 午前 ―

 <ルムス大平原南 魔神教アジト Fブロック>


隔壁の内側に入り、3人は通路を走る。


「…これは」


ユージンは赤黒く染まった通路に顔をしかめる。通路には爆発の痕跡こんせきと真っ黒に焦げた肉片が散乱していた。


恐らくルッカの放った爆弾を内蔵したぬいぐるみがここの見張りをしていた信者たちを巻き込んで自爆したのだろう。


思えばルッカとシエラはユージンがFブロックに入った時点であの動き回る奇妙なぬいぐるみを複数体通路に放っていた。


つまり、あの日、あのタイミングで彼女たちは脱走を図っていたことになる。


今回はユージンの到着のタイミングがズレたことで、本来の彼女たちの計画が実行に移されたということだろう。


「ユージン…」


通路の惨状を見てオルロがユージンに声をかける。


「もしかしてもう既にルッカは…」


「いや…2人共、気をつけろ」


通路を素早く見回しながらなにかに気づいたユージンは2人に警戒を促す。


そして、ユージンはスマートワンドを構え、叫んだ。


「『ムーブ』!!」


直後、ユージンの両足の裏に小型の「エネルギーショット」が出現し、小規模な爆発を引き起こす。


その爆風のエネルギーを移動のエネルギーに変換し、ユージンはその場から高速で離脱した。


ゴンッ!!!


地面を離れた一瞬後に突然、先程までユージンの立っていた場所に大きな凹みが生まれる。


「『コマンド』…『エネルギーショット(3)』」


空中でユージンはスマートワンドに代理詠唱を開始させ、天井を蹴って自分の立っていた位置からさらに距離を取る。


「シュネル、『盾』シールドだ。右から来るぞ」


「…オッケー。『武装』アーム…モード『盾』シールド。…ッ、うわっ!!」


ユージンの鋭い指示を聞いた瞬間、シュネルはなんの躊躇ためらいもなく、右腕を盾に変形させる。


ガンッ!!!


直後、想像以上に重い衝撃がシュネルの腕に走った。


ブーツで地面を踏みしめるが反動に負け、床に靴底の痕をつけながら横に滑る。


「く…重ッ」


あまりの衝撃に盾が歪み、シュネルの腕がしびれた。


「オルロ、今のシュネルの受けた攻撃方向に攻撃」


「…ッ!!なんだか分からないがわかった」


すかさず飛んできたユージンの指示を受け、オルロは背中に挿していた「透明の剣」を抜刀。


抜刀の勢いのまま、姿の見えない生き物に向けて横一閃を見舞った。


ガンッ!!


なにか硬いものが剣にぶつかる音が響く。


「!! 多分、防がれた」


「大丈夫。それで十分だ」


着地し、スマートワンドをオルロの剣の先へとかざしたユージンが叫ぶ。


スマートワンドはランプを点滅させ、魔法の詠唱が完了したことをユージンに告げていた。


「―――ショートカット『エネルギーショット(3)』」


その瞬間、ユージンの魔力MPを吸い上げたスマートワンドは姿の見えない生き物に向かって、眩い光と共に、深い青紫の魔法弾を発射する。


ドォォォォォオオオオン…


恐らく魔法弾が壁に着弾したのだろう。凄まじい音と振動がした。


眩い光が消えると、オルロの眼の前には、上半身を大きく削り取られ、黄色地に茶色の斑点のついた巨大なぬいぐるみの下半身だけが残されていた。後ろの分厚い壁には、魔法弾が衝突したことによって大きなえぐれた痕が残っている。


「キリンの…ぬいぐるみか?それにこれは…」


下半身から飛び出した綿と、地面に落ちた白いローブを見てオルロが呟く。


その時、オルロの背後でヒュッ、と風を切る音が聞こえた。


「…ショートカット『ストップ』」


その瞬間、オルロの動きが止まる。髪の毛一本すら空間に貼り付けられたかのように動かない。


あらかじめユージンが詠唱を終えた状態でストックしていた時間停止の魔法を発動させたのだ。


「あ…」


シュネルがオルロを見て声を上げる。


時間停止したオルロの側には、その首元に剣を閃かせようとしていたエルフの少女がいた。


その姿から既に加護によって傷を癒やし、生命維持装置から脱出して、倉庫から装備を回収したのだとわかる。


「シュネル、彼女を拘束して。決して傷つけるなよ」


ユージンがシュネルに指示を出す。


「…。うん。『武装』アーム…モード『尻尾』テイル


先程とは異なり、シュネルは返事を一瞬迷った後、尾てい骨付近から鞭のような尾を生やし、少女の身体に巻き付けた。


尾で少女の手首を締め上げ、剣を地面に落とさせる。


「…ルッカ、いや、シエラか。助けに来たよ」


ユージンは「ハイド」を使って気配を消し、奇襲を仕掛けようとした黒髪のエルフの少女に優しく声をかけた。


「…」


その顔を見て、シュネルは小さく唇を噛んだ。






「…!? なにこれ」


時間停止の効果が切れ、意識が戻った黒髪のエルフは自分の身体が拘束されていることに気づき、驚きの声を上げた。


「私を捕まえてなにを企んでいるのか知らないけど、私が生きてる限りはお前たちを全員殺してやるんだから」


エルフは驚きからすぐに立ち直ると、目の前に立つ白髪の仮面の信者をキッ、と睨みつけて叫ぶ。


「殺すなら今の内に殺した方が良いわよ。じゃないと絶対に後悔することになるわ。どんな手を使ってでも私は絶対に…」


「シエラ」


「!?」


エルフの少女の呪いの言葉をさえぎって白髪の信者が彼女の名前を呼ぶ。


そしてその信者は仮面をゆっくり外した。


だよ、シエラ」


「? …ゆー…じん?」


仮面の下から現れたユージンの姿を見てエルフの少女は驚く。


そしてすぐに彼の顔を睨みつける。


「なによ、その姿…。アンタもグラシアナと同じ、魔神教あいつらの仲間だったってこと?」


「違う!」


ユージンは首を横に振る。


「じゃあなんで聖痕があって、そんな格好してんのよ。潜入にしたって、それはちょっとやりすぎじゃない?」


「シエラ…聞いてくれ」


少女のピンクスピネルのようなきらめく瞳がうるんでいく。


「酷いわ…」


少女の目からツゥ…と涙がこぼれ落ちた。


「信じてたのに…」


そう言い残すと少女の目の光が消え、かくり、と頭が落ちる。


「…? シエラ?シエラ!?」


ユージンが反応の無くなった少女に声をかける。


少女の冒険者バッグから小さなひよこのぬいぐるみが転がり落ちた。


それがユージンの足元でゆっくりと起き上がり…


「!! ユージン!!」


少女を拘束していたシュネルが異変に気づき、ユージンを突き飛ばす。


直後…


視界が強烈な光に包まれ、ユージンは爆風で吹き飛ばされた。


ひよこのぬいぐるみが爆発したのだ、とユージンが理解したのは光が収まった後だった。


爆音によって耳がやられたのか、キーン、と耳鳴りが響く。


ユージンの身体の周りには魔法障壁マジックウォールが展開されており、ダメージはない。


しかし、この展開は身に覚えがある…。


「シュネル!!」


爆発から身を呈して守ってくれたシュネルの名を呼ぶ。


こうなることを恐れて対策を講じた筈なのに、また同じ結果になってしまった。


その時、目の前の煙が揺れた。


「ユージン!だましてたのね!許さない!」


煙から黒髪のエルフが叫びながら剣を構えて飛び出してくる。


その顔は怒りと憎しみに染まっていた。


『武装』アーム…モード「大砲」キャノン!!」


爆煙の中からシュネルの声が聞こえ、眼前に迫ったエルフの少女に対し、魔法弾が撃ち込まれる。


「!?」


エルフの少女は寸前で魔法弾に気づき、背負っていた鋼の盾で魔法弾を弾く。


「…ッ、チッ!!」


魔法弾によって一撃で鋼の盾が壊され、エルフの少女は舌打ちする。


「ユージンを傷つける人は誰であろうと僕が許さない!!!」


爆煙から叫び声と共に左腕を「大砲」、右腕を「剣」に変形させたシュネルが怒りの形相で飛び出してきた。


「よせっ、シュネル」


「ダメだ。彼女は君を殺す気だった。―――僕は彼女を許せない!!」


「はっ!許せないからなんなの?返り討ちにするだけよ」


エルフの少女は鼻で笑うと壊れた盾を捨て、自分の剣に魔力MPを集めていく。


剣が禍々しい黒い輝きを放つ。―――彼女がやり直し前にルシア戦で見せた奥の手妖魔剣を発動させたのだ。


右腕の「剣」で斬りかかるシュネル。


黒い輝きを放つ剣で迎え討つシエラ。


2人の目には明確な殺意が宿っていた。




「2人とも落ち着けよ」



2人の剣がぶつかる直前に、低い声が静かに響いた。


「「!?」」


シエラの剣を「透明の剣」が、シュネルの「剣」を鋼のナイフが、それぞれの技の出だしをくじき、発動を止める。


先程までユージンの後ろにいたはずのオルロが2人の間にいつの間にか入り込み、2人の剣を受け止めていた。


「仲間同士で争ってどうするんだ。…見ろよ、ユージンが困ってるだろ?」


両手のふさがったオルロがユージンをあごで指し示す。


ユージンも一瞬で目の前に現れたオルロに対し、目を丸くしていたが、2人の視線に気づいて「あ、ああ…」と頷く。


「シエラ、頼む。話だけでも聞いてくれ。このままじゃルッカが危ないんだ」


「?」


「ルッカが危ない」という言葉に僅かに眉を動かしたシエラは腕を組み、「…話して」とユージンを促した。




ユージンはシエラにオハイ湖で分かれてから今までのことを全て打ち明けた。


シエラは腕を組みながらユージンの話を黙って最後まで聞き、最後に「そう…」と頷く。


「…」


その間、シュネルはシエラのことを睨んだままだった。


「じゃあ皆、これまでバラバラに過ごしていたってわけね?」


「ああ…」


シエラの言葉にオルロが頷く。


「俺も俺で魔神教のことを調べていた」


「そっか…。それで?」


シエラがユージンに微笑みかける。


「どうやってステルスローブを着せたキリンさんと私の『ハイド』の奇襲を見破ったの?これは今日まで一度も使ってない戦い方だし、仮に未来を見てきたとしても対処しようがない筈だけど」


「ああ…それは俺も気になった」


シエラの問いにオルロも頷く。


「ハイド」は気配を希薄にするスキルだ。いるとわかっていても相当、察知能力が高くなければ認識できない。


それにステルスローブはオルロの「透明の剣」を凌ぐ迷彩能力を持った防具だ。


この2つを駆使したシエラの奇襲はわかっていても回避はほぼ不可能な筈だ。


「さっき言ったように初見なら難しかったと思う。けど、シエラが姿を消せることがわかっていて、隠れている場所が特定できるなら対処できないこともない」


ユージンはスマートワンドに「『コマンド』…コード『001』」と命令する。


スマートワンドが輝き、詠唱を開始するのを見て、オルロとシエラは首を傾げる。


「実演した方が早い。…二人共、『ハイド』でもステルスローブでも使って隠れてみてよ」


「「?」」


2人は「「『ハイド』」」と叫び、スキルを発動する。


「?」


シュネルは気配の完全に消えた2人を見失いキョロキョロと見回す。


「さ、じゃあいいかな?」


ユージンはまるでかくれんぼをするかのように笑い、スマートワンドを掲げる。


「そこと、そこ」


威力を極限まで抑えた米粒ほどの極小の魔法弾が飛び、オルロとシエラに当たる。


その瞬間、被弾によって「ハイド」の効果が解けたオルロとシエラの姿が現れた。


「「!?」」


ユージンは驚く2人にタネ明かしを始める。


「魔法使いのスキルに『サーチ』っていうのがある。スキル程魔力MP効率は良くないけど、まあ原理は一緒だよ。自分の魔力MPを空間に散布して、魔力MPに触れた相手を識別する。細かい分析なんかはできないけど大まかな位置の特定くらいならこれで可能だ」


「それって…」


シュネルがユージンの顔を見る。


「そう。…所見で対応できなかったエドヴァルトへの…いやなりの対応策でもある」


空間に大量の魔力MPを散布するため、本家の「サーチ」のように気軽に、そしてあらゆる場面で使える程の万能さはないが、条件を絞ればこれで十分に奇襲攻撃を回避することができる。


「なるほど…。タネはわかったわ」


シエラは腕を組み頷く。


「…でも、それは私がぬいぐるみを操れることや『ハイド』を使えること、ステルスローブを持ってることを知っていれば対処可能ってことを示しているだけで、アンタが『アンドゥ』?だっけ?それでやり直している証拠にはならない。今の話がアンタの嘘じゃないって証拠はどこにあるの?…大体、そんな魔神の聖痕がべっとりついてるヤツ、グラシアナ以外に見たことないわ」


シエラはユージンの顔を見て吐き捨てるように言う。


「だが、ユージンは俺がCブロックにいることも予見していたんだぞ」


「バカね」


オルロがフォローしようとするとシエラは一蹴する。


「イチゴウがスパイだったなら、ユージンが同じようなものを持っていてもおかしくないじゃない。…そもそも私はアンタがユージンとグルじゃないってことも信じてるわけじゃないわ」


「…ねぇ、やっぱりこの子は放って置こうよ。こんな子に頼らなくても、ルシア様やエドヴァルトは僕たちだけでなんとかできるでしょ?」


シュネルが珍しく苛立ちながらシエラの説得は無駄だと主張する。


「ダメだ」


ユージンはシュネルに首を振ると、シエラを見つめる。


「…シエラ、のことは信じられないならそれでもいい。だが…ルッカのために出口までは一緒にいてくれないか?ルシアやエドヴァルトにもし遭ってしまったら、絶対に助からない。…頼む」


ユージンは頭を下げてシエラに懇願する。


「…」


シエラは黙って自分の黒いマニキュアを塗った爪を見つめ、考える。


そして、しばらく沈黙の後、口を開いた。






「…わかった。ただし、もしこれで私を…ルッカを裏切ったら…シエラはアンタを一生許さない」


「…ありがとう」


ユージンはシエラに微笑んだ。


それを見て、シュネルはまたも面白くなさそうに唇を噛んだ。


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