第9話 赤い髪の死神



その声がホールに響いた瞬間、時が止まった。


いや、時が引き延ばされたような感覚があった。


一呼吸を終えるまでに気の遠くなるような時間がかかる。


(なんだ?この感覚は…)


「加速した時」の中でエドヴァルトは戸惑っていた。


身体は1ミリも動かない。


笑ったままの自分の口角がいつまで経っても下がらない。


お気に入りユージンを起爆させるために両腕で捕まえたシュネルと餌たちルッカが、まるで自分をこの場に縛り付けているように感じる。


両腕を広げて急所を無防備にさらした状態で身動きが取れない。


脳では「なにかがヤバい」と警戒信号を発しているが、それがいつまで経っても身体の反応として現れることがない。


引き延ばされた時間の中で、唯一ゆっくりと進んでくる者が遠くに見えた。


(やべぇやべぇやべぇ…)


ルシアと同じ赤色の髪をした髭面の男がゆっくりと剣を片手にこちらへと歩いてくる。


(なんだこれ、これは流石にやべぇ…)


オーガの力を手に入れたエドヴァルトが警戒すべきはそこにいるイカれた白い狼グラシアナとルシア、そしてイレーネ、ディミトリを含める数名だと思っていた。


それ以外の存在はエドヴァルトの格下おもちゃ


しかし、それは誤りだった。


眼の前に迫るこの赤髪の男は確実に危険な存在だ。


自分の命を刈り取る赤い死神―――。


死神は持っていた剣をエドヴァルトに向けてゆっくりと振り上げる。


そしてその剣をエドヴァルトの首から肩に目がけてゆっくりと振り下ろした。


一瞬の動作に見えるその動きが途方もない時間に感じた。


不思議な光の反射・透過を繰り返すのか、死神の剣は刀身が消えたり、現れたりを繰り返す。


死神が持つに相応しい神々しさすら感じる美しい剣―――。


(やべぇ…)


ナイフマニアのエドヴァルトは思わずその剣に見惚みとれた。


そう、見惚みとれる時間は十分にあった。


死神の剣が自分の首に到達し、致命的なダメージを与えるにはまだまだ時間がかかる。


(あー…こりゃ、俺、死ぬなァ…)


自分の身体に向かって振り下ろされる美しい刀身を眺めながらエドヴァルトはどこか他人事のように感じていた。


(もうちょっとで大司教入りできそうだったんだがなぁ…。これから戦争でおもしれぇとこだったのによぉ)


剣がゆっくりと首に食い込んでいく。


オーガの姿になったことで、強靭きょうじんになった筋肉を、圧倒的速度を持った剣は容易たやすく斬り裂いていく。


(あーあ、仕留め損なったハクロウ様を後ろからブスリと刺して笑ってやりたかったなァ…。そんなで「ヨハン」くううううんの大事な大事なお友達を眼の前でぐっちゃぐちゃのひき肉にしてさァ)


本当にあともう少しだった。


右手で掴んでいるシュネルを上下に叩きつけてから、左腕にまとわり付く黒髪のエルフにぶつけてやれば、あっという間に人肉ハンバーグのタネが完成だ。


あとは怒りくるったヨハンを笑いながら殺すも良し、お気に入りが裏切ったことでブチギレたルシアがヨハンを殺すのを見ても良し、ルシアがヨハンを殺すところをかすめ取って殺すのも良し、ルシアとヨハンをこの際一緒に殺してしまうのも良し。


(…そういや「ヨハン」君、ロザリーアイツを殺したメンバーの一人だっけ?―――したらなんだ?「ヨハン」君ぶっ殺したらハクロウの面白い顔もひょっとして見れた?)


それはさぞ面白い展開になっただろう。


「ていうか…」と赤髪の死神の後ろに映るヨハンを見て、エドヴァルトは目を細めた・・・・・・


(なんだよ、あの髪色に目!目!!目!!!)


時がゆっくり進むからじっくりと彼を観察できる。


前のタイガーアイを想起させる金褐色の瞳も良かったが、今度の目は抜群に良い。


あの右目は間違いなく義眼ではなくだ。


しかも魔神の聖痕入りの!


オーガやソシアのようなルビー色の目ではない。アメジストのような色をした特別な瞳。


(レアだ、レア!レアな目!!欲しい!!!!)


エドヴァルトは目を輝かせる。


既に死神の刃は首の3分の1にまで達しようとしていた。


もちろん首を斬られる痛みはあるが、あまりにも興奮しているためか全然気にならない。


(あれ、欲しい。欲しい。欲しいよ、どうしよう。欲しいよ。欲しいよぉぉぉぉぉ!!!)


気づけばシュネルを掴んでいた右手を離し、首に食い込む死神の剣に自らの右手を割り込ませていた。


「!?」


それに気づいた赤髪の死神の表情が驚きに変わる。


直後…






バシュッ!!!!






時の流れが突然、正常に戻った。


エドヴァルトの首から黒い血が勢いよく吹き出す。


「!?」


強い突風のような力によって、シエラは剣を掴んでいた手を離して後ろに跳ね飛ばされる。


「わっ」


右腕の「剣」をエドヴァルトに掴まれていたシュネルも突然手を離されて大きくけ反った。


地面にバラッ、と赤黒い人差し指、中指、薬指、小指の4本が落下する。


「嘘だろ…」


エドヴァルトの後方数メートル先にいつの間にか立っていたオルロが動揺を含んだ声で呟いた。


「「「「!!!」」」」


眼の前でなにが起こったのかわからないシエラ、シュネル、グラシアナ、そしてルシアは突然、エドヴァルトの後ろに現れたオルロに驚きの表情を浮かべた。


「…」


一度目撃していたユージンだけが冷静に状況を把握する。


「…っぶねぇ~~~~~。おいおいおいおい…これは流石に洒落しゃれにならねぇ」


首から左肩にかけて大きくえぐれ、人間ならば確実に即死であろうダメージを負ったエドヴァルトが黒い血を大量に流しながら立っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る