第3話 朝チュン


 ― アマイア暦1330年桜の月4月7日 早朝 ―

       <大都市ネゴル 診療所>


「…」


朝日が昇ると同時に、診療所のベッドで目を覚ます。


「~~~~!!」


自分が裸で、隣にいるトントゥの女性も裸であることを確認するとユージンは自分の顔に手を当ててうずくまる。


耳が真っ赤になっているのが自分でもわかった。


(夢じゃ、ない)


「んん~…」


隣ですやすやと眠る女性の口から小さく色っぽい吐息が漏れる。


「!!!」


なにかいけないものを見てしまった気がして慌ててユージンは顔をそむけた。


ボク・・はなんてことを…)


昨日はあれから勢いに任せて2度もやってしまった…。


女性の前では、自分の理性がこうも易易と崩壊するのだと思い知る。


そして、ちらり、とベッドサイドにある彼女の手鏡に映る自分の姿を見た。


「…」


そこに映る姿は何度見ても受け入れがたい。


まるでロードライトガーネットのようなピンクの髪、同色の右目。右目の白目は正常な・・・色をしている。


あえて正常な・・・、という表現をしたのは、前にいた世界では髪色は白、右目の瞳はアメジストのような紫色、白目はソシアのように真っ黒だったからだ。


今回はそれとはまた異なる容姿だが、髪や目の色が異なるだけで人の印象とは大きく変わるものらしい。


(魔神ウロスに奪われたはずの魂が元に戻っている…わけではない、よな?)


鏡に映る右目に手を当ててそう考えていると、昨晩、隣で寝ている女性の小さな手で頬を触られたことを思い出してしまい、ユージンは再び顔を赤らめた。




“その通り☆君のヌースは3分の1、欠けたまんまだからボクがぎ足してるんだよっ☆”




その時、ユージンの脳裏で聞き慣れた明るい声が響いた。


「!?」


ユージンは驚いて目を見開く。この感覚は…。


“やっほー☆ユージン。久しぶりだね☆”


親しげに話しかけてくるこの声には確かに聞き覚えがあった。


―――というよりも、トントゥ小人族であればこの声を知らないわけがない。


トントゥという種族を司る「時間の女神」―――賢神ライラだ。


(ライラ様!?)


本来、神とは「職業」の選択や「加護」の使用など特別なことがなければ話すことはかなわない。


こんなにフランクに、日常会話レベルで神から人へ話しかけてくることなどあり得ないのだ。


それこそあの魔神フランクな邪神ウロスは置いておくとしても…。


“君がボクのところから離れて魔神ウロスウロスンのとこに改宗する☆って、ボク、結構びっくりしたんだぜぃ?”


賢神ライラはいつもの明るい口調で、ユージンが賢神ライラの加護を離れ、魔神の加護を受けたことについて触れる。


(…すみません)


ユージンは目を伏せた。


神からしてみればそれは最大の裏切り行為だろう。


賢神ライラから特別の期待を寄せられていた自覚はあった。


魔神教に入ることは加護を返上するということ。


それは主神に対する最大の裏切り行為であり、神の怒りを買っても仕方がない。


“あ~!いやいや☆別に怒ってない!怒ってないよォ~!!”


心の中で謝罪するユージンを賢神ライラは慌てたようにフォローする。


“とっりあえずさ、もうなーんも心配しなくていいから。ウロスンから君を取り戻したし☆”


(…?)


“だからさぁ”


賢神ライラは声を弾ませる。まるで隠していたプレゼントを子どもの目の前で取り出すかのようなワクワクとした声だ。


魔神ウロスとの契約君の借金はボクが間を取り持って解除したんだよ。君、危ないところだったんだよ~?☆あのままアイツと契約し続けたらいずれ身体を乗っ取られるところだったからね。ひゃぁ、こっわいねぇ~~~”


ユージンは鏡に映る自分の瞳と髪色を見つめる。


どうやらもうユージンの中には魔神ウロスはいないらしい。


魔獣や魔物を創造した神であり、女神アマイアの宿敵―――。


賢神ライラとも犬猿の仲であり、人類の敵の象徴である邪神―――。


ユージンは彼から時を否定する力「アンドゥ」を借りる都度、対価として魂の3分の1をゆずる契約をした。


つまり、あと2回「アンドゥ」を使用すれば、魔神ウロスに身体を明け渡していたことになる。


それは人類からだけでなく、神からの怒りも買いかねない危うい行為だったはずだ。


“でももう大丈夫にょろ~。ウロスンはこの周回では君に手を出さないことになってるにょろ。ということで、ボクも君と一緒にいるし、もう安心にょろ☆”


賢神ライラは冗談めかして、ユージンを安心させようとする。


(安心…)


魔神に好かれるのは不幸でしか無い。その筈なのだが―――。


漠然ばくぜんとした喪失感がユージンを襲う。


“んん~?どったね?☆”


ユージンの反応が期待していたものと異なることに気づいたのか、賢神ライラが不思議そうに尋ねる。


(いえ…。それよりも今、一体どういう状況なんでしょうか?)


思考を一度止め、自分の置かれた状況を賢神ライラに問う。


“んん~~~?☆今、君が置かれている状況は、まぎれもなく君が作った状況なんだけどねん?よく思い出してみそ?そうだね。―――オハイ湖あたりから☆”


(?)


どういうことですか?とユージンが問おうとしたその時、「オハイ湖」という言葉を引き金に、頭の中に一気に記憶の波が押し寄せてきた。




それはユージンがヴァルナたちと別れた後の記憶―――。


あの日、オハイ湖の湖底のアジトで、皆と別れた後、ユージンは実験室に戻らなかった・・・・・・


被験者たちがわれているのはわかっていたが、ユージン一人でできることには限界がある。それ故、地上に戻って助けを呼んだのだ。


しかし、たった数十分であったにも関わらず、人を集めて戻ってきた時には地上につながる階段も、湖底の入り口も不思議なことに綺麗に消えており、アジトに戻ることはできなかった。




(なんだ…この記憶…)




ユージンは自分の頭の中から湧き出てくる記憶に動揺する。


確かにロザリーとボニファと戦ったところまではこれまでの記憶と同じだ。


(いや…違う!)


ユージンは記憶の中の違和感に気づく。




魔神教の手がかりを失ったユージンはきつねにつままれた気持ちで大都市ネゴルに戻った。


その隣にいたのはユージンが魔神教に関与していることを唯一、あり得ないと一蹴したエルフの女性。


鈍色にびいろの髪。短い髪の間から覗く長く尖った耳に金色のリングのピアスと銀色のカフスが輝いている。その瞳は晴天の空のようなクリアブルー…。


ユージンはその女性のことを知っていた。




(ジルベルト…さん!?)




ユージンは彼女と一緒にいた記憶を思い出して驚く。


殺された筈の彼女が、決壊けっかいしたダムのように一気に蘇ってくる記憶の中ではなぜか生きている。


彼女は大商人カルメロの息子アーニーとのクエストの後、ルッカの姉、ヘレナについての情報を打ち明けた。


彼女はその後、やらなければならないことがあるといってテベロに戻るために街を出て、グラシアナによって殺された筈だ。


だが…


ユージンの記憶の中の彼女は気を失ったルッカを心配してしばらくユージンたちのパーティに残ることを決めた。


彼女はユージンたちと共にオハイ湖に向かい、一緒にアレキサンドライト・ワインを堪能たんのうしたり、オハイ湖の湖底を探した。ロザリーやボニファと戦った時にも彼女はユージンたちと共に剣を振るっていた。




自分の記憶の持っている2つの記憶―――。


そのどちらもが真実味を帯びており、作り物ではないと確信できる。あれは確かにあった過去だ、と。


(どういうことなんだ?)


“まあまあ、続きもよく思い出してみてみるにゃ☆”


ユージンの混乱を楽しむかのように賢神ライラは記憶の続きを引き出すように促す。




大都市ネゴルでギルドに報告を済ませた後、ジルベルトは一度、テベロに戻った。


どうやら仲間の家族に謝罪と最期の様子などを伝えて回ったらしい。


彼女はグラシアナに襲われることなく、用事を済ませた後、大都市ネゴルに戻ってきた。


そして現在はユージンと共に魔神教の情報集めをしたり、クエストを共に受けてくれている。




(この記憶はつまり…)


“そ。この世界は「アンドゥ」とはまた違った形でやり直された世界なんだにゃ☆”


(どういうことですか?)


“……………。ん~、それは君が知る必要のないことだぴょん☆”




「…」


ユージンは診療所に置かれたカレンダーを見る。


今はアマイア歴1330年桜の月4月


ユージンたちがルムス大平原の魔神教のアジトで命を落とした月だ。


(ここは並行世界、ってことですか?)




人生は選択の連続だ。その人々の選択の繰り返しが世界を作っている。


選択が変われば結果も変わる。


平行世界とは、本来の世界とは別の選択を選んだ結果、生まれる世界のことだ。


“さっすがユージン、良いセンいってるにゃぁ☆正確には君たちの選択じゃなくてボクたちの選択なんだけど☆”


(?)


“でも”と賢神ライラは言葉を区切る。


そして、突然ふざけた口調をやめて静かなトーンで


“紛れもなくこれは現実だよ”


ささやいた。

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