第18話 「不条理」はいつだって唐突に訪れる




― アマイア暦1330年 桜の月4月6日 夕方 ―

 <ルムス大平原南 魔神教アジト Dブロック>


「きゃはははははははは!!!!!!!!!」


甲高い女の声が響き渡る。


破壊された機械人形オートマタの生産工場。


耳障りな笑い声の主を中心として、無数の死体が転がっていた。


「…」


この場でその声の主以外に息をしているのは、その声の主に対峙するように立つ一人だけ。


彗星すいせいの剣を地面に突き立て、ボロボロになった衣をまとった隻腕せきわんの美女が荒い息を吐いていた。


「すごいすごいすごいすごいすごぉぉぉぉぉい!!!よく耐えられました!」


それ・・は興奮した声でヴァルナを称賛する。


それ・・は背中に巨大な紫色の羽を生やし、左には巨大な盾、右手には巨大な戦斧を携えた、赤黒い肌に赤い瞳の黒髪のソシアの姿をしていた。


「なぜお主がまだ生きておる…」


ヴァルナは険しい顔をして、目の前にいる悪魔の姿をしたそれ・・めつける。


2年近く前に確かに倒したはずのそれ・・は邪悪な笑みを浮かべてヴァルナを見下ろしていた。


「会いたかったわぁ~~~Nnnnnn~~~ヴァァァァァルナちゃぁぁぁぁわぁん♪」




ソシアの首の付け根からそれ・・は生えていた。




盛り上がった肉には辛うじて女性とわかる目、鼻、口が存在しており、まとわりつくような不快な声はその唇から発せられる。


身体の主導権がそれ・・にあることは、そのソシアの大事にしていた伴侶はんりょ亡骸なきがらを踏みつけている様子を見れば明らかだ。


「貴女は特別いい素材になりそうだわぁ~」


それはヴァルナにねっとりとした視線を送り、赤い舌で唇をペロリと舐めた。






― アマイア暦1330年 桜の月4月6日 同刻 ―

 <ルムス大平原南 魔神教アジト Bブロック モニタールーム>


「これって…」


目の前で腹部から血と健康的な色をした内臓をこぼす年若いトントゥの男。


切断面の新しさから見て、彼はたった今、ここで殺された。


―――つまり、彼を殺した犯人はまだここにいる。


それを見てルッカが口を開こうとした時、


「!! 上だ」


左目の高性能義眼が視界の端に映った何者かを感知し、ユージンは叫ぶ。


それは天井にまるで蜘蛛くものように張り付き、こちらを見ていた。


それが何者か、ユージンの脳が認識するよりも早く、天井にいたそれはユージンに向かって飛びかかる。


「ユージン…!」


シュネルがユージンとそれの間に入り込み、「武装」アームを展開する。


左腕が巨大で分厚い大盾となる。


相手の脅威度がわからない故に、一撃を受け切ることに特化したシールド・ライノの盾。


シールド・ライノはウラビ山に生息する鼻先に角の代わりに大盾をつけたサイの魔獣である。その盾を鼻先につけた突進はアギン鋼をも傷つける。


ドラゴンの鱗と同格といかないまでも、魔獣の身体の部位ではトップレベルの硬度を持つ盾だ。


機動力は重量がある分、普段使うリザードマンの上位種、リザード・シールダーのよりも落ちるが、シュネルの手持ちの「盾」の中では最も防御力の高い盾と言える。




ォォォオオオオオオオオン…………




その時、盾の向こう側からうなり声のようにも、風の音のようにも聞こえる音がシュネルの耳に届いた。


直後、シュネルの左腕が変化した最硬の「盾」はあっけなく切断され、そのまま脇腹を裂き、それでも尚、勢いは止まらず、シュネルの背後にいたユージンの右肘から先に熱が走る。


ぼとり、とユージンの右肘から先が地面に落ちた。


「!?」


状況が把握できない。


ユージンの前に立っていたシュネルが遅れて崩れ落ちる。


わかったのは何者かの攻撃によってシュネルごとユージンが斬られたこと。




オオオオオオォォォォォン……………




再び空気がいた。


「ルッ…」


咄嗟とっさにユージンはそれから背を向け、ポケットの中にいるルッカを守ろうと左手でかばおうとする。




が…


左手がない。


ぼとり、と地面になにか肉の塊が落ちた音がする。


「~~~~~~!!!」


ユージンは自分の左腕が斜めに切ったマカロニのような形に変わっていることに気づき、声にならない悲鳴を挙げる。


切断面から白い脂肪とピンク色の肉が覗く。それらからじわっ、と赤いしずくがにじみ出て…


一気に腕から血液が吹き出した。


ひと呼吸の間に両腕を切断された。両腕から火を吹いたように熱が放出される。


痛みは感じない。


喪失した両腕の重みと熱、そしてしびれ。


たちまち恐怖と混乱の渦に飲み込まれる。


「え?なに!?」


ポケットからの視界では状況が把握し切れなかったルッカが声を上げる。


ポケットから顔を覗かせた瞬間、ぬいぐるみの顔がユージンの血で真っ赤に染まった。


「~~~~~!!!」


ユージンは真っ赤に染まった左腕の先端でひよこの身体をポケットからはたき落とす。


ぬいぐるみに触れた途端、傷口から脳天を突き刺すようなしびれが走り、それだけで気を失いそうになる。


乱暴なやり方であったが、彼女を自分から離すことに成功した。


「????」


血で汚れたひよこのぬいぐるみがわけもわからぬまま、地面をはずんで転がっていく。


敵もぬいぐるみには興味を向けることはないだろう。


指のない今のユージンには彼女をはたき落とすのが精一杯だ。


「逃げろ…」


ユージンはぬいぐるみの方は見ず、それだけを口にする。


それ以上、ぬいぐるみに意識を向ける余裕は今のユージンにはない。


両腕から放出された熱があっという間に尽き、全身を悪寒が襲った。


出血が酷すぎる。


反撃しようにも両腕がない今、できることは限られている。


(考えろ…生き延びる方法を…)


動揺と混乱の中、無理やり脳にむちを打ち、フル稼働させようとする。


(シュネルは…)


ユージンをかばってユージン以上のダメージを受けたであろう相棒の姿を探す。


その時、




コォォォォォォオオオオオン…………




耳元に風圧を感じた。


生暖かい吐息のような…


どす黒い感情を伴った不快ななにか・・・


それが近づいて…


「させる…かぁ!!!」


不意に頭の上で聞き慣れた声が聞こえ、ユージンの頭が突然、ぐい、と地面に押し付けられた。


どす黒い感情のようなおぞましいなにかが頭上を一瞬で通り過ぎていったのがわかった。


「シュネル、ここはとにかく逃げるぞ」


助けてくれた相棒に撤退を呼びかける。


そしてそのまま相棒の腰に抱きつき、ユージンは叫んだ。


「ショートカット『ムーブ』!!!」


発動待機状態にしていた魔法を唱えた瞬間、地面に転がったユージンの右手に握られたスマートワンドが輝く。


その瞬間、ユージンの足が輝き、シュネルを連れて部屋の出口へと凄まじい勢いで移動する。


部屋の扉の前に着地しようとした時、


「!?」


不意に身体がぐらつき、ユージンは姿勢を崩した。


どちゃ…


と果実が床に落ちて潰れたような音がして、ユージンは恐る恐る振り返る。


「…………あれ?」


ユージンは間の抜けた声を漏らす。


先程までユージンたちがいた場所に、シュネルがまだいた・・・・






いや、それは正確ではない。


「?????」


ユージンは自分が必死に抱きかかえているものを恐る恐る見上げた。


彼は確かに出口までシュネルを連れて行くことに成功していた。


だがそれは…




シュネルの肩から下の肉体だけだった。




先程ユージンが立っていた場所に取り残されたシュネルの肩から上の肉体が、下からユージンを見つめている。


その目には光はすでに光はなく…






「うわぁぁぁぁぁあああああ!!!」


ユージンは叫ぶ。


そしてシュネルの身体から手を離すと、思わず部屋の外へ飛び出そうとした。床に放り出したルッカのことは頭から抜け落ちていた。


足を前に出そうとして、ズルリ、と足を滑らせ、地面に顔をぶつける。


両手がないので受け身もままならない。


目からチカチカ、と星が出た。


地面に激突して前歯が欠けた。


口の中に一気に血の味が広がっていく。


「~~~~!!」


それがユージンの恐怖に追い打ちをかける。




早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ早く逃げなきゃ




頭の中はこの場からの離脱で埋め尽くされる。


血で滑った床を慌てて立ち上がろうとして、再びバランスを崩して倒れる。


「!!!」


そこで初めてユージンは気づく。


自分の左足がすでに切断されていることに。




そしてそれ・・は眼前に迫る。


それ・・は長い銀髪の美しいエルフだった。


感情の無い瞳の色はグリーンガーネットのような透明感のあるグリーン。


右手には赤い宝石の埋め込まれた宝剣を手にしている。


その宝剣から発せられるなにかは周囲の空気を黒く汚す。可視できるレベルに凝縮された負の感情…


怨念おんねんのようななにかが、まるで周囲の空気をむさぼり食らうかのようにほとばしっていた。




オォォォォォォン…




数え切れない程の血を吸ったであろうその宝剣は、鏡のように反射し、ユージンの顔を映す。


一点の曇りもない美しい刀身の中には恐怖に歪んだ自分の顔が映っていた。


美しい銀髪のエルフは無表情で宝剣を振るう。






「しょ、ショートカット」




自分の身長よりも明らかに高い視界。


自分の視界がぐるぐると独楽こまのように回転し、モニタールームを360°映す。


首が飛んだ。






「『アンドゥ』」


ユージンは薄れゆく意識の中で禁断の魔法を口にした。


発声できたかはわからない。


スマートワンドが反応できる距離だったかもわからない。


もし、「アンドゥ」が間に合わなかったとしたら…




ユージンの冒険はここで終わるのだろう。


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