第4話 英雄ボイルとマッチョな理論
「…ッ!ここだけじゃないんだ。空にも、村中にも沢山…」
オルロはボイルに状況を伝えようと必死で口を開く。
ボイルは「大丈夫だ」と静かに頷いてみせる。
「は?」
「…すでに片付いている」
ボイルはシルクハットを目深にかぶり、ステッキでコンッ、と地面をついた。
その瞬間、上空から遅れて大量の血の雨と、輪切りになったグリフォンの肉片が降り注ぐ。
オルロは頭からグリフォンの血をかぶり、口をパクパクと開閉する。
「たまたまノギンス村にいたから上空の異変に気づけたが…。かなり被害が出てしまった…。吾輩の足がもっと早ければ良かったのだが…」
「まだまだ未熟」とボイルは悔しそうに呟く。
「ノギンス村って…いやいや…ウルグニ山の反対側じゃねぇか…」
オルロは呟く。信じられない。カドマ村からノギンス村までは順調に旅をしても10日はかかる距離だ。
そもそも空に異変が起きたということは、オルロが1頭目のグリフォンを倒してからということになる。
そんな
一体ここまで何kmあると思っているのか…。
「しかし、君がいなければもっと大きな被害になっていただろう。君の勇気は多くの人を救った。感謝する」
ボイルはオルロに頭を下げる。
村ではそこら中から歓声が聞こえ、避難した人たちも徐々に村へ戻っているようだった。オルロは首を振る。
「いや…俺が一頭仕留めてしまったことで逆に大変なことになるところでした。助けていただいてありがとうございます」
「ふむ…。グリフォンの特性のことだな。だが、1頭でも君にとってはかなり格上だった筈だ。君は村人たちを救うために命を
「…」
オルロは唇を噛みしめる。しかし、自分の無知が危うく大災害を引き起こすところだった。
そのことはボイルに勇敢さを褒められても事実として重く受け止める。
そんなオルロの様子を見て、ボイルはオホン、と咳払いをする。
「…君も戦ってみてわかったようにグリフォンが一番厄介なのは「仲間を呼ぶ」ことだ。彼らは命の危機に瀕すると「警戒モード」となり、全身から発声器官を出し、仲間を呼ぶ」
ボイルはグリフォンの死体をステッキで示しながらオルロに説明を始める。
「呼ばれた仲間は最初から「警戒モード」の状態で現れる。「警戒モード」時は戦闘能力も上がるから要注意だ。グリフォンを倒す方法は大きく2つ」
ボイルは2本指を立てて、オルロを見る。
「1つは吾輩がやったように1匹残らず倒すこと。…これはなかなか難しいだろう。だが、もう1つの方法は君でも頑張ればできる」
「?」
「…グリフォンがやられたと認識せずに倒すのだ」
「どうやって?」
「やり方は色々あるだろう。だが、ポイントとしてはグリフォンが命の危険を感じる前に1撃で核を破壊することだ」
「…」
ボイルが言っていることはわかる。しかし、それが難しいのだ。
「ちなみにボイルさんは一体どうやってグリフォンたちを倒したんですか?前にあった時もそうですが、一瞬で移動したように見えましたが…」
オルロは以前からあった疑問をボイルに投げかける。
「なに、簡単だ。できるだけ速く動いて、可能な限り速く斬る。吾輩はそれを繰り返したに過ぎん」
ボイルはあっさりととんでもないことを言い放つ。
「は?魔法とかスキルではなく?」
オルロは目が点になりながら、「冗談でしょう?」と聞き返す。
ボイルは首を横に振った。
「本当だ。残念ながら吾輩は生まれつき、魔法の才がない。スキルとやらもない」
「嘘だろ…」
このSSランク冒険者はスキルも魔法も持たずに、単純な技巧だけでグリフォンを倒したという。
オルロが信じられないという顔をすると、ボイルは「ふむ…」と口髭を触り、そしておもむろに問いかける。
「…オルロ、魔法を使わずに水の上を歩くにはどうしたら良いと思う?」
「?」
「…簡単なことだ。右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出せば良い。交互に繰り返せば水の上は歩ける」
「???」
…この人、思ったよりも脳がマッチョな人だ、とオルロは心の中で思う。
いやいや、無理だろう。それができたら皆、水の上を歩けている筈だ。
そんなことを地でできる人がいるわけが…いや、彼なら実際にできるのだろう。
「無理だと思うかね?」
オルロの心を読んだようにボイルは笑う。
「…吾輩は見ての通り、この世界の住人ではない。異世界の扉から偶然この世界にやってきた」
確かに彼の姿はこの世界にいるどの種族とも違うようだ。
ボイルはそうした数少ない例の1人、異世界の住人―――
「吾輩のいた世界ではこの世界以上に魔法が万能であった。だが、吾輩は魔法が一切使えなかった。故に、魔法使いと戦うためには、
ボイルは魔法使いと戦うために、ひたすら剣を振るい、ひたすら速さを求めたという。
昨日よりも1秒でも速く動く、明日は今日よりもさらに1秒速く、速く速く速く速く…。
「…気づけば吾輩は時を置いていく程の速さを身に着けた。スキルではない。…手と足を物凄く頑張って速く動かす、ただそれだけだ」
そう言うとボイルは次の瞬間、オルロの目の前から姿を消す。
「!?」
「ここだ」
オルロは突然目の前から消えたボイルが真横で腰を降ろしていることに驚く。
「これは『時渡り』と周りから呼ばれているが、ただ単に速く走っているだけだ。そんな大層なものではない。…流石に連発しすぎて明日からしばらくは筋肉痛に悩まされそうだが…」
時を止める程素早く動く対価が筋肉痛…どこまでも規格外な人だ、とオルロは思う。
「君にこの話をしたのは、吾輩に決して才があるわけではないということを知ってもらいたかったからだ」
「いやいやいやいや…それは才能でしょう」
オルロはぶんぶんと首を振る。
何言ってんだこの人は…。
どんなに頑張っても人間には限界がある。
「右足が沈む前に左足を、左足が沈む前に右足を」を繰り返せば水の上を歩き、「昨日よりも1秒速く」を繰り返せば時を止める?
そんなことがあってたまるか。
「…君は自分で自分の限界を設定した。そこが吾輩と君の決定的な差だよ、オルロ」
ボイルは静かにオルロへそう告げる。
「!?」
「100回、1000回程度の失敗で諦めれば、到底できないだろう。いいかね?限界を決めるのは自分自身だ。限界を設定しない。出来ないということを信じない。その先に見えてくる真理もあるのだ」
…無茶苦茶だ、とオルロは思った。
しかし、それを目の前で実際に体現しているボイルが言うとその
「逆に吾輩と君にはこの差しかない。むしろ才に恵まれた君はこの差さえ埋めれば、吾輩よりも遥かに強くなれるだろう」
ボイルは真剣な顔をしてオルロに頷きかける。
「君が強くなりたいと思うのであれば、常識を捨て
その時、村人たちがオルロとボイルに気づき、「おーい」と近づいてくる。
「む…騒がしくなってきたな。それでは吾輩はここで退散するとしよう」
「では…」とボイルがオルロに背を向け、去ろうとする。
「待って…待ってください!!」
オルロは気づくとボイルに声をかけていた。
ボイルは立ち止まる。
「もう少しだけ、もう少しだけでいいから、俺と話してくれませんか?」
「ふむ…?」
ボイルはチラリと近づいてくる村人たちを見てから頷く。
「…別に構わんよ。だが、吾輩はこの姿だ。人の目にあまりつきたくない。ということで、川沿いの適当なところでお茶でもしながら待っていよう。後は任せた」
そう言うなり、ボイルは姿を消した。
「おーい、アンタ、アンタがグリフォンを倒してくれた冒険者だな」
近づいてきた村人がオルロの腕を取り、頭を下げる。
「ありがとう。アンタのおかげで村は救われた。本当に…本当にありがとう」
「い、いや…俺は…」
オルロは首を振る。
「…おい!兄ちゃん」
先程オルロの胸ぐらを掴んできた体格のいい中年の男性が近づいてくる。
そして、地面に膝をつき、オルロに頭を下げた。
「さっきはすまなかった。アンタのおかげで娘も妻も救われた。本当にありがとう」
「違う違う。俺じゃなくて…」
「ちょっと
逃げ遅れた村の女性の一人がオルロの胸を軽く小突く。
「っていうか、アンタ…もしかして赤髪のオルロか?」
「え?「女神のサイコロ」の「偽の英雄」?」
「うそ、本物じゃん。これマジ?」
「え?オルロ様だって!?」
アーニー劇団の演劇はこんなはずれの村でも知られているのか、あっという間に村人に囲まれ、称賛や感謝の言葉がオルロへおくられる。
「…いや、本当に俺じゃなくて…やったのはボイルさんで」
オルロはいたたまれない気持ちになる。
むしろ状況を悪化させ、ボイルが介入しなければとんでもないことになっていた。自分は責められることはあっても褒められるようなことはできていない。
やったのは自分ではなく、「
お礼の品を送るという村人たちから逃げ出し、川べりでティータイムを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます