第3話 「半熟卵の英雄」
「キゥゥゥゥィィィィエエエエエエ」
「ギャァァァァァァァァアイイイイイ」
「ブルルルルルルゥゥゥゥゥゥアアアアアア」
カドマ村の上空から不快な鳴き声が降り注ぐ。
「…お終いだ…もう…誰も助からない」
村人は震えながら頭を抱えていた。
全身から人間の口を生やしたグリフォンの群れ…
それは悪夢のような光景だった。
討伐推奨レベル5―――ランクSクラス冒険者のパーティが
「キゥゥゥィィィィィ………ゲェッ!!」
オルロは尚も叫び声を上げ続ける
その瞬間、グリフォンの群れは一斉にオルロの方を向いた。
「逃げろ!!ここは俺が引きつける!!」
オルロが広場に残っている村人たちに叫びながら、少しでも村人への注意を逸らすために駆け出す。
「ギャァァァァァァァリュィィィィイイイ」
一頭のグリフォンが全身の口を大きく開き、叫びながら降下してくる。
オルロの身体を踏み潰さんと、大きな
「…ッと」
オルロは前に跳び、それを避けながら鞘に剣を収める。
空いた右手で地面をついて、勢いを殺さずに片手でハンドスプリングをし、着地と同時に装備を弓に持ち替える。
矢筒から矢を引き抜き、振り返りざまにオルロを襲ってきた一頭目掛けて矢を放つ。
矢はグリフォンの口の一つを射抜くが、刺さった矢をその口がバリバリと食べてしまった。
やはり
オルロは小屋の物陰に飛び込んで一旦息を整えようとする。
しかし、すぐに別の一頭が飛来し、足で小屋を粉々に吹き飛ばす。
「くそ…ッ」
地面にゴロゴロと転がりながら目の前に現れたグリフォンを睨む。
「ぎゃぁぁぁ!!!た、助けてくれ」
「止めてッ!!!止めてぇ!!!」
「あがっ!痛い痛い…」
逃げ遅れた村人たちも次々とグリフォンに襲われているようだ。
「一体どうしたら…」
オルロはその声を聞いて唇を噛む。
せめて広範囲攻撃ができれば良いのだが、残念ながらオルロにはそうした戦闘スキルはない。
「…こっちだ。こいッ!!!」
オルロは目の届く範囲のグリフォンたちに弓を射て、自分に注意を引きつける。
『猛毒攻撃』を付与した弓だ。
多少は効果はある筈…。
「キュゥゥゥゥゥゥゥィィィィィィヤァァァァァァァ」
「リリリリリィィィィィィィィィィィィィ」
「カパカパカパォォォォォァァァァァァァ」
前方から一頭、左から一頭、上から更に一頭…。
それぞれ全身から人間のような口を目一杯開き、唾液のようなものを撒き散らしながらオルロの全身を食い千切ろうと凄まじい速さで接近してくる。
「くッ!!!」
オルロは防げないとわかっていても盾を前に突き出す。
凄まじい衝撃を受け、鋼の盾ごと身体が吹き飛ばされた。
正面にいた一頭に鋼の盾がぶつかったのだ。
他の二頭の全身から飛び出る口はなにもない空間を噛む。
「ゲホッ…」
納屋の一つに突っ込んだオルロは、ホコリに咳き込み、目をチカチカさせながらまだ自分が生きていることを確認する。
背中を強く打ったのか、全身に力が入らない。
左手を見ると鋼の盾は見るも無残にひしゃげており、自分の左腕が折れずに残っていたことが奇跡に感じる。
しかし、反動で痺れてしまっていて左腕は使い物にならなそうだ。
右腕と両足は…なんとか動く…。
オルロがすぐに動かなければ、村人たちの被害が増える。
バサバサッ…
翼の音が聞こえて、鷲の羽が目の前に数枚落ちてくる。
「…ッ!」
弓を構えようとしたが、腰につけていた矢筒がどこかへいってしまったことに気づく。
「ギャァァァァァァァァアイイイイイ」
目の前に現れたグリフォンの全身に浮き出る口が一斉にオルロに笑いかける。
ゾクッ…と悪寒がしながら、透明の剣を抜刀し、斬りかかった。
無数の笑顔をたたえた口元たちが後ろに飛び退き、その隙をついてオルロは納屋を転がり出る。
しかし、そこには先程の一頭も含めて、計五頭のグリフォンがオルロを待ち構えていた。
「キュィィィィィィィィぃ」
「グエグエグエグエェェェェェ」
「ゲギャッギャギャギャッ」
無数の口が一斉に笑顔を浮かべる。
仲間の報復ができることを喜ぶように。
殺そうと思えば、上空に集まった時点でオルロなどすぐに殺せただろう。
しかし、それをしなかったのは仲間の一頭をやられた恨みか。
「ここまでか…」
流石にこの状況を逆転する術はない。一頭でも勝てるかどうか命がけの賭けをしたのだ。
それが五頭に囲まれ、まだ上空には無数のグリフォンの群れがいる。
奇跡でも無い限り助からない。
そして、オルロはこれまでの経験から都合の良い奇跡は起きないと知っていた。
運命の女神が起こす奇跡は、せいぜい目の前の勝てるかどうかわからない相手に届く強烈な一撃を繰り出せるかどうか程度。
絶望的な展開をひっくり返してくれるような万能な奇跡はない。
「…それでも、せめて一頭くらいは道連れにさせろよ。一人旅してて気づいたけど、俺って結構寂しがり屋なんだ」
オルロは右手で透明の剣を振り、痺れの残る左手を、剣を握る右手の下にそえた。
覚悟を決める。
そして目の前の一頭のグリフォンに向かって斬りかかった。
「…………………………その覚悟。実に素晴らしい!」
一瞬の時の中でどこかで聞いたような声が聞こえた気がした。
時が止まっている。
その中を一人の紳士が歩いていた。
その紳士は黒いシルクハットに紳士服を着て、黒々とした口髭を蓄えている。
それだけならただの小柄な紳士だ。
しかし、彼の種族はヒューマンでも、エルフでも、獣人でも、ドワーフでも、トントゥでもない。
卵…
そう、卵だ。
卵からヒューマンのような手足の生えた生き物。
卵には人間のような顔が浮き出ており、奇妙極まりない姿だ。
それが紳士服を着てステッキを持って歩いていた。
誰も彼の優雅な足取りを知覚できない。
なぜなら彼とそれ以外は同じ時を全く違う速さで動いていたからだ。
その紳士は村をのんびりと散歩するように歩く。
中年男性が頭を抱えている。彼の身体をつつき殺さんとしているグリフォンの一頭を見つけると、近づいていって、ステッキに仕込まれた刀でゆっくりとグリフォンの魔物の核を刺す。
そうして紳士は次々と襲われている村人たちを救っていき、そして、グリフォンに襲われている赤髪の冒険者を見つける。
彼は村人たちを救わんと
見れば、武器は手に持つ剣一本。盾も弓も失い、ボロボロになった防具を身にまとって、今にも殺されそうだ。
しかし、彼は命乞いするでもなく、諦めるでもなく、グリフォンの一頭に向かって斬りかかっていた。
紳士は彼の周りにいるグリフォンを全て始末すると、仕込み刀のステッキをチン、と納刀する。
その瞬間、止まっていた時が動き出し、村中でグリフォンの血の雨が噴水のように降り注ぐ。
オルロの周りにいたグリフォンも一斉にその首を落とし、魔物の核が機能を停止する。
「…へ?」
オルロは透明の剣を振りかぶったまま、突然崩れ落ちるグリフォンたちを間の抜けた顔で見つめる。
「…なにが…」
「…ふむ?」
目の前に立っていた紳士がシルクハットを上げて、オルロを見てニッと笑った。
「君は確か…オルロ、久しいな」
「…………………ボイルさん?」
目の前に立っていたのは一年前、パーティで最後に冒険したオハイ湖で偶然命を助けてもらった卵の紳士。
「
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