第2話 襲来


――― アマイア暦1329年葡萄の月9月18日 午前 ―――

        <レイル共和国 カドマ村>



カドマ村に駆けつけた時にはすでに大混乱が起こっていた。


オルロはロホ大橋の方へ逃げる村人たちの流れに逆らいながら村へ進む。


そんな彼の手を逃げる村人の一人がつかんだ。


「なにやってんだ!!死にてぇのか?こっちだ!!」


村人は大声で怒鳴る。


自分の命も危ないという状況なのにオルロの身を案じてくれているらしい。


「…ありがとう。大丈夫だ」


オルロは村人に礼を言うと、その手を振りほどく。


「無理だ。相手はあのグリフォンだぞ!?」


村人は尚もオルロを引き留めようとする。


しかし、オルロは「わかってる」と頷き、そして笑顔を向けた。


「任せろ」


村人は口を開き、なにかを言いかけたが、「知らねぇぞ」と叫び、オルロに背を向けて対岸の方へと橋の上を走っていく。




―――もちろん、精一杯の強がりだ。


冒険者を1年やっていればグリフォンの噂くらい嫌でも耳にすることがある。


グリフォンはドラゴンと並んで災害指定されている魔物であり、台風や地震、津波、火山の噴火などと同じ扱い、つまり、被害にあっても「運が悪かった」と泣き寝入るしかない存在だ。


災害指定の魔物は、冒険者レベルで討伐推奨レベル5―――冒険者ランクS相当の冒険者パーティ・・・・が本来、相手取るべき魔物だ。


はっきり言って、オルロ1人でどうにかなる相手ではない。




村はすでに地獄と化し、グリフォンに喰い散らかされた死体がそこら中に転がっている。


いくつかの家は潰れ、瓦礫がれきの下にはまだ人が埋まっている可能性があった。


生存者を確認したいところだが、今はまずはこれ以上被害を拡大させないことを優先せねばならない。


オルロが村を見回すと、標的のグリフォンは村の広場にいた。


先程はチラリと見えただけだったが、改めて見ても恐ろしくデカい。


逃げまどう村人たちを片っ端から、ある者はその鋭い猛禽類もうきんるいくちばしつつき・・・殺し、ある者は獅子ししの前足で踏み潰している。




「…正直、俺には手に余るかもしれないけどなぁ」


オルロは背中からドワーフの弓を取り出し、鋼の矢をつがえる。


ギリギリ…と弓を絞り、こちらにまだ気づいていないグリフォンの目に狙いを定める。


グリフォンは次の標的として若い女性に目をつけたようだ。


「た…助けて…」


女性は逃げる足をもつれさせて、転がる。


振り返るとグリフォンがえさ仕留しとめん、とせまっていた。


「…これを見過ごすわけにはいかんだろッ!!!」


矢に戦闘スキル『猛毒攻撃』を付与する。


オルロは自分が成長すればするほど、嫌になる。


自分のスキルはなんて地味で、そして暗殺者向き・・・・・の構成なのだろうか、と。


ヴァルナのような王道の力があれば良かったのに…。


時々、あの女ドワーフの双剣士がとてもうらやましくなる。


だが、そんなことを言っても仕方がない。


望まぬ力だろうと、この力で目の前にいる人を救えるのであればそれで良い。


「当たれッ!!!」


オルロの弓が光り、運命の女神がオルロに微笑む。


眩い光を放つ鋼の矢は真っ直ぐにグリフォンの左目に飛んでいき、その目を貫く。


会心の一撃クリティカル!!!




「ギャアアアアアアアアアア!!!!!」


グリフォンが左目に矢を生やし、血の涙をき散らす。


奇襲攻撃は上々。


しかし、会心の一撃クリティカルでこの程度のダメージか。


オルロは唇を噛んだ後、転がったまま動けないでいる村娘に叫ぶ。


「今だ!逃げろ!!!」


娘は弾かれたように起き上がり、「あ、ありがとうございます」と走り去る。


この隙に弓から剣と盾に装備を持ち変える。


パーティでの戦闘ならこのタイミングで前衛に…ヴァルナやグラシアナが突っ込み、後ろではユージンとルッカが魔法の詠唱を行っているだろう。


しかし、今はソロ一人


中衛で弓を使うわけにはいかない。


できれば次は『ハイド』を発動させ、身を隠しながらグリフォンを相手取りたいが、オルロが姿を隠せば他の村人がターゲットにされる。


敵の憎悪ヘイトをこちらに向ける必要があった。


「こっちだ!」


オルロが叫び、グリフォンの注意を引く。


グリフォンは自分の目を射抜いた張本人を見つけると怒りの声を上げて、翼を広げた。


地面を蹴り、猛スピードでこちらへと滑空かっくうしてくる。


残念ながらグリフォンの強力な一撃を受けられるような耐久力はオルロにはない。


クリーンヒットすれば一撃で死ぬ可能性がある。




だが…


オルロは透明の剣を構えた。


来る方向は決まっている。


そして、向こうは自ら頭を前にしてこちらに飛んで来る。


失敗すれば間違いなく一撃で死ぬだろう。


しかし、格下のオルロが万に一つでも勝機を見出すならここだ。


奇襲攻撃で猛毒を食らわせ、挑発し、冷静さを欠いて突っ込んでくる魔物に…




「いっけぇぇぇぇ!!!!」


義足のかかと脹脛ふくらはぎについている推進装置ブースターを点火させる。


推進装置ブースターが爆炎を吐き出し、オルロの身体を前方方向へ押し出す。


身体が重力に逆らい、地面から足が離れる。


オルロは1日1回使うことができる義足に取り付けられたスキル『飛翔』ひしょうを発動させ、爆発的な威力でグリフォンへと突っ込んでいく。


透明の剣を突き出し、一振りの剣と化したオルロは、グリフォンの滑空速度に自分の加速の力を乗せる。


「!?」


予想外の行動に流石のグリフォンも反応出来ず、わずかに開いたくちばしの上と下の隙間に、勢いに乗った透明の剣が差し込まれる。


ここまでの賭けは奇跡的にオルロの勝ちだ。




あとはここから!!!




「決まれぇぇぇぇぇぇえええ!!!!」


オルロが叫び、わずかに斜め方向の力を推進装置ブースターに加える。


推進装置ブースターがオルロの微妙な動きを読み取り、推進の向きを調整する。


グリフォンの目の潰れた左方向へ身体を向け、くちばしに透明の剣を押し込んだまま、オルロはすれ違うように後方へと飛び去った。


グリフォンはくちばしの端から頭を斬り裂かれ、脳漿のうしょうき散らしながら絶命する。


オルロは絶命したグリフォンの後方で着地し、血と脳で汚れた透明の剣を振り、それらを飛ばす。


「…やった…か?」


頭を吹き飛ばされたグリフォンの獅子ししの身体が、尚もピクピクと動いている。


念の為、魔物の核たる心臓部を破壊しようとオルロが近づいたその時だった。






「キィィィィィィィィイイイイイイエエエエエエエエエエェェェェ!!!!」


グリフォンの下嘴かしから人間の口のようなものが浮き出し、不快な音を発する。


「キュィィィィィイイイイイエエェェェェエェイイイイイイイ」


「ギャァァァァァァァリィィィイイイイイイイ」


「ルィィィィィィルルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥ」


グリフォンの死体から無数の人間のような口が突き出し、一斉に鳴き始める。


「…なんだ?一体…」


オルロは不吉な予感がして、周囲を見回す。


「…アンタ、とんでもないことをしてくれたな」


村人の一人がオルロの胸ぐらに掴みかかる。


毛深い中年男性の村人だ。体つきがしっかりしており、見るからに強そうな感じがする。


しかし、彼の表情にはたった今、死の危険から解放された筈なのに全く余裕が感じられなかった。


「?」


「アンタのせいでこの村はお終いだ。本当に終わった…」


村人は手を震わせながら涙を流す。


「…どういうことだ?これでお終いじゃないのか?」


オルロはその様子に不穏なものを感じて、村人に尋ねる。


オルロの疑問に、村人はゆっくり、と首を横に振る。


「アンタ、なんで3mぽっちしかないグリフォンがドラゴンと同じ「災害指定」の魔物なのか知ってるか?」


「いや…」


オルロは首を横に振る。…純粋に強いからだと思っていた。


だが、それならば、格下のオルロがいくらなんでもこんなにあっさり勝てるだろうか?




その時、頭上から黒いなにかが降ってきた。


「…羽?」


オルロはそれを掴んで確認する。


大きなわしの羽だ。


そして、それは気づけば村中に雨のように降り注いでいた。


「…お終いだ…もう…お終いだ。逃した娘も妻も…これで全滅だ…」


村人は頭を抱えて震えている。


気づけば、村中をおおい尽くすような暗い影が落ちている。


オルロは空を見上げて始めて村人の言うことを理解した。




なるほど…これは確かにお終いだ。




「キゥゥゥゥィィィィエエエエエエ」


「ギャァァァァァァァァアイイイイイ」


「ブルルルルルルゥゥゥゥゥゥアアアアアア」


空から頭を斬り飛ばしたグリフォンから発せられる不快な鳴き声と同様のものが無数に降り注ぐ。






それは全身から人間の口を生やしたグリフォンの群れだった…。

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