第11話 義妹と添い寝2
病院の消灯は早い。日頃はまだテレビを見ながらゴロゴロしているか、スマホを突きながら過ごしている時間帯に寝るのは、俺にとってとても難易度の高いことのように感じる。……そして、その難易度はあるワガママにより指数関数的に更なる上昇をみせてしまっていた。
「ねぇ………。おにい、まだ怒ってるでしょ………?」
「………………………怒ってない」
薄暗いベッドの上で、俺は背後の囁き声に感情をなんとか押し殺して応答する。しかし今、頭を支配しているのはさっきまでの怒りではない。なし崩し的に義妹と添い寝しているという特殊な状況に入ったせいか、この状態になって数十分が経過して初めて俺はパニックに近い焦りを感じ、現在はそれが何倍にも膨れ上がっている最中なのだ。もはや、見守らなければいけないはずの桐葉に背を向けて、俺はただ窓にたなびくカーテンを見つめるしかなかった。
「ねぇ………。やっぱりおにい怒ってるよね………? ごめんなさい……。散々心配させておいて、私はいつもワガママばっかり……。なんにも役に立たないのに、迷惑かけてごめん……………」
背後から響く微かな震え声。それに反応して起き上がり、恐る恐る右を向くと病室の暗がりに染まった瞳と目が合う。月明かりが部屋に差し込むと、その瞳にはまだ紅が残っていたが、色彩は今までになく落ち着いていた。
もしかすればこの状況は自分にとってのピンチであるとともに、桐葉の心を溶かすためのチャンスでもあるのかもしれない。俺は意を決するとそのまま桐葉に体を寄せ、いわゆる添い寝の体勢で、つぶらな瞳を見定めた。
「迷惑なんて誰にもかけてない。むしろ、俺達の方が迷惑をかけてないかって心配するくらいだ…………。桐葉は今のままで十分すぎるほど頑張ってるよ。一緒に生活して、散々世話になってる俺が言うんだから間違いないさ」
「そうだよね……。おにいが近くで見てそうならきっとそうに違いないよ………。私は、ずっとおにいの役に立ってる………。これからもきっと…………。きっと……………」
ぽろりと、丸く澄んだ瞳からは涙がこぼれ落ちてくる。自分を肯定されたことで緊張が緩んだのかとも思ったが、月に照らされた二つの雫はとても儚げで、喜びよりも孤独な気持ちが溢れ出しているように感じた。
「桐葉、大丈夫か……? なにか、俺が嫌なことを言ったなら謝らせてくれ………」
「ごめん………。違う……、違うの………。これは、嬉し涙。おにいが本当の私を褒めてくれたから、感動しちゃっただけ……。本当に、それだけだから………。そっとしておいて……………。お願い……」
義妹からのお願いに、更に言葉をかけることはできず俺は再び体を窓に向ける。震える声を背中に受けながら歯を噛み締めると、頭からは自己中心的な焦りは消え去っていた。力になってやれない不甲斐なさが残響となって鼓膜をつんざく最中、いつもより早い夜は静かにふけていった。
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