第9話 惜しげない笑顔

 母との電話を終わらせて十二分後、扉を開けると病室には明かりが灯って、義妹はいつものような佇まいで体を起き上がらせていた。俺がゆっくりと部屋に入るなり、桐葉は頬を膨らませて、


「おにい? なんか、やけに遅かったね。下でなにかしてたの? おにいもそのまま家に帰っちゃったんじゃないかって、ちょっと寂しくなってたんだからね!」


「ああ、ごめんな桐葉………。先生と話して、受付で手続きをしてたらだいぶ時間が経ってて……。それで、少し遅くなった。あ……、あと今日俺はここで泊まることになったから…………。なにか、体調に変化があったら直接言ってくれよ」


「えぇっ!? 今日、おにいと一緒にいれるの!? やったーーー!! 嬉しい、嬉しいっ!!」


 すんなりとした報告に対し、桐葉はこれ見よがしにテンションを上げて、惜しげもなく笑顔を見せる。その明るい顔に真紅の瞳が光っているのを確かめると、俺は桐葉に悟られないほどの優しさを意識して、そっとベッド横の椅子に腰掛けた。


「なあ桐葉……、お前やっぱり無理してるんじゃないか? そうやっていつも明るくして、学校だけでも忙しいのに家事も完璧にこなして………。本当に大丈夫か?」


「えぇっ、なに? どうしたの、おにい? もう……、まだ大袈裟に心配して……! ただの貧血で倒れちゃったからって、これ以上からかうのは良くないよ!」


「……違うんだ。からかうつもりなんて、全くない。俺はただ桐葉の力になりたいだけなんだ。桐葉が一人で辛い思いをしてるなら、相談に乗ったり作業を手伝ったりするから……。だから、隠さずに全部教えてくれ………」


「そんな……、こと言われたってなぁ……! おにいが心配してくれるのは、嬉しいけど……。だけどね……………」


 桐葉は少しずつ表情を曇らせて、瞳には紅の中に所々黒い部分が現れてくる。桐葉の本音をここで上手く聞き出せば、今後の対策も打ちやすくなる。……どうにか心を開いてくれ。俺は心の中で強く願いながら、次の言葉を待つ。しかし、しばらく混とんとしていた瞳も赤一色に澄み渡って、桐葉は再び溢れんばかりの笑みを浮かべていた。


「……ううんっ、やっぱりなんでもない! もう……、おにいもずっとそんな怖い顔でいないでよっ! 私は普通に元気なのに、そこまで心配されたら身体が空気読んで、逆に体調悪くなっちゃうよ! だから、笑って笑って!!」


「ああ……、そうだな。突然の出来事に驚いて、俺は少し心配しすぎたかもしれない。ごめんな……、桐葉…………」


「もう、おにいがそんなに言うならしょうがないなぁ……。今回は特別に許してあげる! 色々あったから、おにいも疲れちゃったんだよ。ほら、今日はもう考えるのやめて、二人でゆっくり休もうっっ!!」


 相変わらず元気いっぱいで、心の闇など感じないほどの明るさを放つ完璧な義妹。しかし、重く苦しい過去を知った今では、それも嘘偽りの表面的なものなのだと強く感じる。


 桐葉から言い出すことができないのなら……、こうなったらもう…………。


 俺はポケットに手を入れて、心を映す輝石の感触を確かめる。誰にも明かされることはない膨大な負の感情に触れる覚悟を隠しながら、俺は黙って桐葉の笑顔に応えた。

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