第8話 三年前の悲劇

「まず、私が由人君とあやちゃん……。桐葉ちゃんの両親と出会ったのは、今から約二十年前………。私が教師として初めて部活動の副顧問を受け持つことになった時、二人が部員として所属していたの。私自身、教師としてちゃんと接した初めての生徒達だったから、その部活動にいた子達は特に思い入れがあって、卒業した後も定期的に連絡を取り続けていたのよ」


「母さんが桐葉の両親の副顧問を……? 全く知らなかった…………」


「まあ、生徒達のプライバシーのこともあったし、家でわざわざ話をすることもなかったから俊が知らないのもしょうがないわ……。でもあなたが小学校に上がる少し前に二人が家に遊びに来てるから、一回は会ってるはずなんだけどね。私も二人と直接会ったのは、あの時が最後になっちゃったけど……。あの時の二人も本当に幸せそうだったわ………。でも、を境に全てが変わってしまった………」


 込み上げてくる感情を抑えているのか、耳に伝わる母さんの声はいつもよりも力が入って、震えているように感じる。言葉が詰まったり途切れる事は無かったが、ここまで情緒に支配されて掠れた母の声を聞くのは生まれて初めてのことだった。そして……、話は両者の気持ちの昂りと共に、本題へと突入を始めた。


「あれはもう3年前になるかしら。3月の下旬に彩ちゃんが交通事故で亡くなったの。彩ちゃんはいきなり車道に飛び出したとしたところを、大型トラックに撥ね飛ばされた。そして、そのまま意識を取り戻すこともなく死んでしまった…………」


「3年前の3月に……、交通事故で…………」


 母さんの説明を聞いて、ある日のテレビ画面が思い浮かんだ。春休みの夜にたまたま見ていた全国ネットのニュース番組。横浜の中心街で女性が撥ねられた現場には中継も繋がれて、大々的に報道されていた。そしてそれを見た途端、母さんが深刻な面持ちでどこかに連絡を取り出し、その日から数日間家を空けていたことで俺の記憶にも強く残っていたのだ。あの時見た歪んだ表情の理由は、こういうことだったのか。3年越しに腑に落ちていると、母さんは続けて、


「あの子があの時なにを考えていたのかは、今になっても全く分からない。信号無視をするような子でも無かったし、自殺をするなんてとてもありえない………。本当に、信じられない出来事だったの。きっと由人君と桐葉ちゃんには、想像できないくらいの衝撃があったはずよ。私は彩ちゃんのお葬式にも出席したけど、あの時は…………。とても見ていられなかった。二人ともどんな想いで、あそこにいたのか……。それを想うだけで…………」


 経緯を語る内に言葉に詰まる母の声を聞いて、義理の家族に起きた途方もない苦痛の一端を初めて垣間見たような気がした。理由も分からず、大切な家族を失った悲しみは想像しようとするだけでも心が締め付けられる痛みに襲われる。自分では分からない苦しみを抱えて、桐葉はここまでやって来たのか。今までの明るい表情からは分からなかった義妹の秘められた闇の部分を、俺はまだ素直に受け入れることはできなかった。

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