第7話 一条家の諸事情

「もしもし、俊!? なに〜〜? 久しぶりじゃない! 今までメッセージすら送ってこなかったのに、いきなり電話してくるなんてどうしたの〜?」


「今、病院まで来てるから手短に話すよ。実は……、桐葉のことで話があって……」


「桐葉ちゃん……!? 分かった。今、由人君と一緒にいるから少し移動するわ。ちょっとだけ待ってて」


 俺が落ち着いたトーンで話を切り出すと、明るい母親の高い声は、経験豊富なベテラン教師の声音に変わる。母さんは海外に行っても全く変わらないな。ここぞという時には懸命に向き合ってくれる安心感を久々に感じていると、扉が閉まる音と共に緊張感のある吐息がスピーカーを通して伝わってきた。


「……お待たせ、俊。桐葉ちゃんになにがあったのか、まずは全部聞かせてちょうだい」


 俺は一ヶ月半の順調な二人での生活と、今日起こった異常について簡潔に説明をした。すると母さんは落ち着いて頷きながら、


「なるほどね……。これまでの経緯についてはちゃんと理解できたわ。俊、教えてくれてありがとう。桐葉ちゃんが倒れたことは心配ではあるけど、俊や野坂ちゃんが近くで見ていてくれるならこっちも安心できるわ。これからも、その調子でよろしくね。……でも、二人の近況についてはもう少し密に連絡を取るようにしなさいよ。私も由人君も二人のことが気になって仕方がなくなっちゃうんだから」


「分かったよ。これからはちゃんと連絡とるようにするから、あんまりうるさく言わないで。……あと、桐葉のことはお義父さんには直接話さない方がいいんだったっけ?」


「ええ……、由人よしひと君には伝えなくても大丈夫。彼の体調や状況を見て、私から話しておくわ。桐葉ちゃんにもあんまりこっちの事が話さない方がいいかもね………」


 複雑な問題に頭を悩ませながら、母さんらしくない歯切れの悪い返答。家族の誰もが触れたがらない一条家の諸事情に、俺は4月以来の違和感を覚えた。


 あの時は新しい家族との空気を悪くすることを危惧して質問する事はできなかったが、異変によって感覚を研ぎ澄まされた自分には、桐葉と義父の経緯を知る事は避けては通れないと簡単に理解できる。俺は無駄な緊張をほぐすためにあえて頭をからっぽにすると、電波に乗らないほど静かに喉を鳴らして準備を整えた。


「……その件についてなんだけど。母さん、一度しっかり桐葉とお義父さんの過去について教えてくれないか。俺も桐葉を見守らないといけないし、なにより家族としてもっと二人を知っておくべきだと思うんだ」


「そうね……。今日のことも、それと関係があるかもしれないし……。ここで俊には全部説明しておくわ。少し長くなるかもしれないし、重たい話にはなるんだけど、今話しても大丈夫?」


 返事をすることなく無言の了承をすると、母さんはそれを瞬時に察知して一息間をおく。これまで明かされなかった家族の重大な過去が、今語られようとしていた。

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