第6話 お母さんによろしく

 十分後。ひとまず桐葉の無事を確認した野坂先生は、病院から戻り事態の詳細を学校に伝えることとなり、俺は病院の入り口まで見送りに来ていた。


「とりあえず、今日はありがとうございました。先生にはご迷惑をおかけしてしまって………」


「そんな言い方はよせ。私は顧問としてやるべき事をやっただけだ。褒められるような特別な事はなにもしてないさ。それより一条、一つ聞いておきたいことがあるんだが……」


 先生は笑顔から真剣な表情へと切り替えて、そっと耳元へ近づいてくる。俺は首を左に突き出して、次の言葉に耳を傾ける準備を整えた。


「一条と桐葉は、両親の結婚をきっかけに春から兄妹になったんだよな? しかも、両親は海外出張でお前たちは二人きりで生活しているとか………。その事実に間違いはないか?」


「はい。全部合ってます。でも、野坂先生はなんでそのことを知っているんですか? 家庭の事情については担任と、校長先生にしか報告していないはずなんですけど………」


「ああ……。一条の言う通り、本来なら担任でもない私がそのことについて知っているのは不自然だ。しかし、今回は状況が特別でな。一条………。一応聞いておくが、一条いちじょう詩織しおりさんはお前の母親で間違いないか……?」


「はい……、母親の名前は詩織であってますけど……。それがどうかしましたか……?」


「なるほど……。てっきり苗字が変わってるとばかり思ってたから最初は気づかなかったが、まさかお前達の母親がな……。やっと状況が理解できた………」


 困惑を隠しきれずに眉を歪ませながら俺が答えると、先生は深く頷き、納得した様子で腕を組む。そして先生はそこから数秒の間、目を瞑って言葉をまとめると再び腕を解いて説明を開始した。


「実は私は学生の時、お前のお母さんに世話になっていたんだ。卒業してからは全く連絡を取り合ってなかったんだが、3月に校内でバッタリと出くわしてな。お互いに近況を話すうちに、再婚や海外出張のことについても聞いていたんだ。だがまあ……、まさか私が詩織先生の子供達の顧問になるとはな。全く……、不思議なもんだ………」


 感慨深く目を細める先生に、俺は好奇の目を向ける。自分の母親が教師だったということは既に知ってはいたが、まさか野坂先生とも関係があったとは。衝撃の告白に、俺は質問を投げかけたくなる衝動に襲われていた。だが、今は俺も先生もそれぞれにやるべきことがある。事態が終息してから、ゆっくりと話を聞くことにしよう。ひとしきり高揚感を味わい切って顔を上げると、先生もすっきりした面持ちでこちらを見つめていた。


「まあ……、話はこんなところだ。さて、私はそろそろ学校に戻るとするか。……ああそれと、桐葉のことについては一条からしっかり両親に伝えておくようにな。じゃあ、お母さんに……、詩織先生によろしく言っておいてくれ」


 先生はまた懐かしさから笑みを浮かべると、駐車場に向かってゆっくりと歩いて行く。さて、俺も自分の立場でやるべきことをやるとしよう。俺はポケットからスマートフォンを取り出すと、遥か遠くの家族に向けて電波を送る。メッセージアプリの呼び出し音が数回なった後、数ヶ月ぶりの母親の声が鼓膜に届いていた。

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