第5話 からかう赤い瞳

「一条! 桐葉の容体は一体…………。き、桐葉………!? 一体これは、どういうことだ? なんで、桐葉がそんな元気そうに…………」


 桐葉が目を開いてから数十秒後、野坂先生は勢いよく入ってくるなり、目と口を大きく開いて呆然としていた。俺と同じように全速力で病室まで走って来たのか、足はよろつき、かきあげられた前髪は豪快に乱れている。そして、予想を裏切る桐葉の元気さに愕然とし、一気に疲労が押し寄せたのか、先生はがっくりと項垂れて両膝に手を当てる。すると、桐葉は嬉しそうな笑顔で無邪気に手を振った。


「野坂先生〜〜! 私のために来てくれたんですか? おにいだけじゃなくて、先生まで駆けつけてくれるなんて嬉しいですっ!!」


「全く……、意識不明どころかいつも以上に元気じゃないか……。私と一条が桐葉のことをどれだけ心配したと思って…………」


 なんとか状況を飲み込んだ先生は、顧問らしく桐葉に説教しようと試みる。しかしそれが軌道に乗る前に、桐葉は口に手を当てて歓喜の悲鳴で戒めの言葉を掻き消していた。


「先生……! そういえば、私のこと桐葉って下の名前で呼んでくれてますよね? あのクールな野坂先生が生徒の名前を呼ぶなんて………。私、倒れそうなくらい感激してますっ!!」


「は…………!? 顧問が部員の名前を呼ぶなんて、と……、当然のことだしっ!? ていうか今まで生徒の名前を呼んでこなかったのも、そうしてただけだから!! 呼びたくても、恥ずかしくて呼べなかったとか………、そんなんじゃにゃいからりゃっ!!」


 桐葉に少しつつかれただけで、脆く崩れるカッコいい教師の姿。さっきまで気が動転していたから気がつかなかったが、先生本来の姿は頼りがいよりも可愛らしさの方が強いのかもしれない。俺と桐葉は好奇の目で、慌てふためく野坂先生を観察する。そしてしばらくすると、桐葉はまた悪戯に微笑んで大きな瞳を煌めかせた。


「野坂先生〜〜! 先生って、下の名前で呼ぶの恥ずかしがる人なんですか〜? 呼んでないなら、今まで何人に下の名前で呼んでたのか、ゆりか先生に聞いてみよっかな〜〜〜!!」


「本当にっ! それだけは、やめてくれ……。ゆりかにそんなこと聞かれたら、私の教員人生が終わってしまう……。いや、別に生徒を下の名前で呼んだのが初めてだからとかそんなことはないけどっ! ……だから、どうかやめてくれ。お願いだ」


「分かりました! 私は先生に興味深々で、しかもゆりか先生の連絡先も知っていますけど、絶対に質問しませんっ!!」


「良かった……。それなら、安心だ……」


 桐葉の言葉を鵜呑みにして、先生は胸を撫で下ろす。どうやら先生は言葉の意味を察することがとてつもなく下手らしい。ほっとして深く目を閉じる野坂先生の目を盗んで、桐葉は早速スマホを取り出し、物凄い勢いでメッセージを打ち始めた。何か、おかしい。俺は高すぎるテンションと輝きを放つ真紅の瞳に疑惑の視線を向けていた。

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