第4話 綺麗な寝顔は笑って
総合病院の自動ドアを抜けると、俺は早足で真っ直ぐに受付へと向かう。カウンターにはただならぬ剣幕の来客に圧倒された看護師が、ただ一人口を開けて放心していた。
「すみません! 一条桐葉の義兄です。桐葉は今どこに……?」
「一条桐葉さんは診察を終えられて、現在は203号室にいます。ですが、まずは……。って、待ってください! 面談の受付を先に………!」
「すみませんっ!! 手続きは……、後でしっかりとやりますので………!」
看護師の静止も聞かずに、俺は急いで桐葉のある病室に向かって駆け出していく。一秒でも早く、辿り着きたい。その想いだけが自身の体を支配して、理性や社会性は完全に頭から吹き飛んでいた。
「やっと、着いた……。桐葉………。会いに来たぞ………」
食い入るようにドア横のネームプレートを見つめ、覚悟を決めて病室に入ると、眼にはベッドに横になった少女の姿が飛び込んできた。いつもは活力に溢れ表情豊かな可愛い顔も、今は白一色になって微塵も動く様子はない。桐葉本人と対面して、俺は衝撃と寂しさを身に染みて感じていた。
「……そういえば、俺もこうやって意識を失ったことがあったな。あの時は桐葉が俺のことを心配してたのに、完全に立場が逆転しちゃったな。なあ……、桐葉………」
ベッドの傍に置かれた椅子に腰掛け、俺はぽつりと独り言を呟く。日の沈んだ後の暗い病室で意識の無い家族に語りかけると、心臓が締め付けられるような感覚になる。まだ会って2ヶ月しか経っていないのに……、こんな思いに駆られるのか。義理とはいえ家族である桐葉は、既に俺の中でかけがえのない存在になっていることを痛感していた。
「こんなに……、可愛い顔だったんだな………」
俺は椅子から立ち上がって桐葉の顔をもう一度よく見る。人形のように白く透き通った肌に、綺麗に横たえられたぱっちりとしたまつ毛。感情を伴って動いている時よりも整っているように感じるのに、それにも増して悲しみが芽生えてくる。俺は跪いて、更に桐葉に顔を寄せると震える手をそっと冷たい頬に当てた。
「ごめんな………。こんな時に、俺は何もできなくて……。桐葉にはいつも世話して貰ってるのに……。俺は……。俺は…………」
ぽつりと、一粒の涙が桐葉の顔を撫でる。情けなくて、申し訳なくて、俺は耐えきれず息を漏らした。そこから、もう数粒の涙が次々と滑り落ちていく。まるでドラマのような場面が繰り広げられていたその時、目の前でありえないことが起こる。
「ぷふっ………。ふふ……。あははははっ! おにいったら、なんでそんなに泣いてるの? せっかく騙してあげようと思って寝たふりしてたのに、涙はくすぐったいし、おにいは嘘みたいに泣いてるし……。もう、我慢できなかったよ!!」
「え………。桐葉……? まさか今までのこと、全部聞いて…………?」
桐葉がケラケラと笑いながら頷くと、俺は大量の血が流れ込んで、熱暴走寸前の頭を抱え込む。嬉しさと気恥ずかしさが織り混ざった複雑な感情でほろ苦い笑みを浮かべる俺を見て、悪戯好きの義妹は再び悦に入って大きく笑い声を上げた。
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