第76話 ハルカと遥

 目覚めると、自分の身体は光の床に押し付けられていた。ここは……、一体どこだろう………? その言葉が出る前に、私はこの場所は既に訪れているという事実を思い出す。


 そうだ……。転校初日の自己紹介を繰り返していた時、私はこの空間に呼び出されたことがある。あの時は……、確か……………。


 徐々に記憶が呼び起こされていくと、私は少しずつ恐怖で顔を青くする。そして、負の可能性を具現化させた存在は私の背後に堂々とそびえ立っていた。


「久しぶりね、水蓮寺遥……。というか、なんでそんなに怯えた顔してるの? どちらかといえば、私はアンタにとっての頼もしい味方なんだけど!?」


 私の姿をした光の塊は、不服そうに叱りつける。私は咄嗟に頭を下げながらも、一歩も引き下がることはせずにその場に踏みとどまった。


「あなたが私のことを助けてくれたのは、ちゃんと理解してる。でも……、それだけじゃ私は本当の意味で先には進めない……。私自身が問題を解決しないと、なにも意味がないから………。だから、もうあなたとは少し距離を取らなきゃいけないの…………」


「言ってくれるじゃない……。じゃあ、私はもう用済みってこと? アンタは、全部の問題を解決できる? パパとママ……、大切な存在を幸せにできる? 私がいなくなったとしたら、アンタ一人でやらないといけなくなるのよ!?」


 エネルギーに溢れた理想の私の問いかけは、直接心に響き渡る。


 ……私一人で、できるのかな? 


 一人でなにも出来ずに自分を責めて、私も、家族も、心の闇に落ちた最悪な思い出。過去の黒い記憶が、絞り出した勇気を侵食しようとする。でも………、


 それでも、大丈夫。たとえ今から一人になっても、私の心は冷たくなりはしない。永遠に触れることはないと思っていた愛しさに触れることができたから、しばらくはその温もりで生きていける。きっと……、全て上手かなくてもあの人が助けてくれるから……。私は先に進むことができるんだ。


 私はなんとか腕に力を込めて、正面の少女に顔を向け直す。理想の自分はほろ苦い形相を噛み潰すように、無理矢理に笑顔を作った。


「アンタは……、もうすっかり変わったみたいね。それなら私はなにも言うことはないわ。あとは、遥の好きなようにしなさい」


 ハルカは私の元へ駆け寄り、力強く抱きしめる。理想の自分は思ったよりも小さくて、なんだか少し震えている気がした。違う。私がこの子に近づいて、同じ立場になったんだ。そうか……、あなたも怖かったんだね……。私もハルカを同じ力で抱きしめ返して、耳元にそっと口を当てた。


「あなたは……、これからどうするの? 本当にもう二度と会えないの? 私は、あなたのことが心配で…………」


「バカね。心配しなくても大丈夫よ。私の存在は消えるけど、私は消えたりしないから。だって私は理想のハルカよ。アンタが成長して理想の姿になることは、私達が一つになるってだけなんだから」


「そっか……。じゃあ、これからはずっと近くにいれるんだね。ちょっとだけ、安心したわ………」


「なに? 甘えられても困るんですけど。近くにいるっていっても、一人なことには変わらないんだからね? みんなの前でグダグダしたりしたら、許さないから……!」


「分かってるよ。みんなを引っ張って、世界を変えるリーダーになる。だから……、これからもよろしくね………」


 二人は更に強くお互いを抱きしめながら、思わず笑い声を漏らす。そうしてしばらく身体を寄せ合っていると、私の視線の先に白く輝く扉が現れる。ハルカは私の頭を優しく撫でながら、そっと体を引き離した。


「もう、時間になったみたいだわ。一条が……、いや俊がそこに来てるわ。遥、一緒に迎えに行くわよ……」


「うん……、一緒に行こう…………」


 ハルカと遥は手を繋ぎあって、一歩ずつ出口に近づいていく。前へ進んでいくごとに二人の距離も近づいて、扉を開け放った時には私達の姿は重なって一つになっていた。

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