第75話 暗い子供の部屋
誰かが叫ぶ声がする。初めのうちはただ風かなにかの音かと思っていたが、これは違う。大人が二人でぶつかり、擦れ、何も生みださないまま悲しみに暮れる音だ。子供が暗い部屋の中で聞くと、とてつもなく大きな不安を抱えながらもなぜか目がさめたように冷静になる。そして俺が寝るベッドの横にも、達観した一人の少女が静かに頬杖を立てながら、寄り添っていた。
「起きたのね。何もなく無事に意識が戻って安心したわ。でも……、もう少しだけ眠ってても良かったんだけどね………」
遥は垂れた橙色の髪を左耳にかき上げながら、少しだけ寂しそうに呟く。ベッドにしなだれかかり時折呆れたようにため息をつく姿は、この状況に慣れきっているように見えた。
「遥……、ここはお前の家か? 下で誰か叫んでる……。今はどんな状況なんだ……?」
「俊は、お父さんに運ばれてきたの。最初は桐葉ちゃんに連絡しようと思ったけど、それもできなかった……。だから、私の部屋で意識が目覚めるまでこうして待ってたの……」
遥は右頬を布団に付けて、俺と完全に視線を合わせる。慣れた孤独に他人が入り込んだことでかえってその寂しさが増したのか、少女は温もりを求めているように感じた。そして、それを確信に変える一言を遥はそっと囁く。
「ねえ……。私も、布団に入っていい……? 二人の喧嘩が落ち着くまででいいから、側にいて温めてほしい………」
返事をする時間も惜しくなって、俺は無言で遥を迎え入れる。タオルケットで二人を包む空間は、吐息以上に二人の体を温めていた。
「私、こうやってお父さんとママの喧嘩を聞いてたの。何かしてあげたくても、二人の気持ちは全く分からないし、自分の部屋で震えてるしかなかった………。慣れたはずだったけど、お父さんがいなくなってからしばらく無かったから……。今日は冷たくなっちゃった………」
暗い部屋から隔絶された更に暗い布団の中では、遥の顔は見えなかったが滴る涙の存在は簡単に察知できた。そしてそのまま、片腕を柔らかな指が引っ張り近づけた後に、名残惜しそうに撫でる。体を触るというよりは、子供が大切なぬいぐるみを愛でる時のように指は更なる愛情を求めていた。
「もう少し、近づいてもいい……? あと手を握るだけでいいから、それだけで落ち着くと思うから………」
遥の一言に、今まで握りしめていた拳はゆっくりと開かれる。二人の手が触れ合おうとすると同時に、俺は手の中の小さな神器の存在を思い出した。
「なに……? なにか手に当たって---」
そのまま輝石は遥の胸へ一瞬のうちに吸い込まれ、暗かった空間を一気に明るさで満たしていく。ほのかに燻んだオレンジ色の中へと俺はまた意識を飛ばし、再びゆっくりと瞼を閉じた。
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