第74話 望みを叶える鏡
「ほう……、これは意外だな……。一条俊よ。お前はなぜ私の依頼をそうも容易く引き受けるのだ? 今までのお前ならもっと情報を引き出し、思案してから結論を出すと思うのだが………、今回はなぜそこまで早く答えを出した?」
女神は不自然なまでに早々の承諾に気分を良くしつつも疑う気持ちが強いのか、訝しげな目を向ける。俺は疑念を晴らすためにまっすぐ視線を合わせ、嘘偽りない本心を舌先に乗せた。
「断る理由がないからです。おそらく、女神様のいう犠牲となろうとしている人生っていうのは、俺の大事な人たちのことだろうから……。一度した覚悟をまた固める時間はいらないと思ったんです」
「そうか……。覚悟ができているのなら、それで結構。私からそれを折るようなことはしないでおこう。確認ができたところで、次は依頼内容の説明といこうか………」
女神が頬を若干緩めつつ、両腕を高々と掲げると、光の中から鏡が現れる。宙に浮いた鏡は七色の輝きを放ち、宝玉のような美しさで圧倒的な風格を露わにすることで、この世のものではない事は簡単に知覚できた。
「この円鏡は、
女神は真摩尼をゆっくりと自身の元へ下ろし、愛おしそうに撫でる素振りを見せる。しかしその輝きは天の光から遠ざかったためか少し青黒くなっていた。そして、それと共に女神の面立ちも深刻なものに変化していき、俺も身構えるように眉間に皺を寄せる。
「宿主本人の精神が成長することによって、真摩尼に与えられた理想人格や能力は完全に定着し、その者は己の望みを叶える事ができる。しかし宿主の精神が乱れ、心を閉ざせばその者は自我を失い、能力も暴走してしまう………。そして改変世界が収束しても、その者の心は空虚のまま……。つまりは、宿主の人生ごと狂わせる危険があるということだ。お前も、そのような現象に心当たりがあるのではないか?」
そう言われると、俺の脳裏には解放祭の夜の光景が頭に浮かんだ。先輩が瞳を青く染め、絶望に打ちひしがれた思い出したくもない記憶。あれが再度起きて、そのまま仲間達の人生を狂わせるかもしれない。そう認識するだけで、既に脳の血流は唸るように速度を早めさせ、若干痛みが滲んで感じた。
「……現状、人格を与えた宿主は全て心を乱し、能力も制御できない状態にある。一条俊、お前にはそれを解決する手助けをしてほしいのだ」
「手助けといっても……。心を閉ざしている以上、俺にできることなんてなにもないと思うんですが…………」
「分かっている。流石に、なにも与えずに難題を押し付けるようなことはしない。お前には特別に神器を貸し与えよう…………」
女神は胸元で真摩尼に両手をかざし、その中から小さな輝石の欠片を取り出すと、俺に向かってひょいと投げ渡す。落とさないように慌てて手に取ると、輝石は微かな光と熱を帯びつつ、ゆっくりと一回転した。
「その神器の名は、
「大丈夫です。どんな過程であったとしても、やることは変わりません。……なので、これ以上脅すのはやめて下さい。ここで心配したところで、なにも意味はありませんから………」
「結構だ。そこまでの覚悟があれば、逆摩尼は精神の深淵まで導いてくれるだろう。あとは、お前の力次第……、必死に抗い続けることだな………」
女神は安堵するように息を吐くと、真摩尼を左手で思い切り投げ上げる。すると天には、高い鈴の音と共に大きな穴が開いた。外からは大量の光の線が押し寄せ、視界を一気にぼやかしていく。
「では……、ひとまずさらばだ。私は、お前達の望みが叶うことを祈っているぞ…………」
女神は小さな両手を組み、あどけなさと慈悲深さが入り混じった笑顔を見せる。俺は眩しさに目を瞑り、片手に鏡の欠片を握りしめながら、煌めきに溢れた精神世界を後にした。
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