第73話 無感情と依頼

「ん………? なんだ、その顔は? まさかお前……、幼子の姿だからといって私を侮っているな? こうなったら、お前が敬える容姿に変えるしかないか……。いいか、よく見ておくんだぞ……?」


 女神はそういうと、指を軽く鳴らす。すると小さな体を光の柱が包み込んで、中から見知った人影が現れた。


「一条君……。ここ最近、水蓮寺さんと随分仲良くしてるみたいじゃない? 私のことは……、もう忘れちゃったの………? そんな……。ひどいよ、一条君…………」


「な………。せ、先輩………?」


 目の前でほろりと涙を零し、手で顔を覆う先輩の元へ俺は慌てて駆け寄る。しかし、接近する途中で両手が離された端正な顔には、小馬鹿にしたような蔑笑が貼り付けられていた。


「ばーか。だから、見た目で判断するなと言ってるだろう? ま……、現状恋心を抱いてる相手に化けられれば、動揺する気持ちも分かるがな。もう……、本当にお馬鹿さんなんだから……。そんなことばっかりしてたら私、一条君のこと嫌いになっちゃうからね……!?」


 女神は先輩の体を使って、わざとらしく頬を膨らませる。俺の前では絶対にしない子供のような仕草は、大人としての魅力に溢れる先輩の姿とは全く合わず違和感しかない。しかし、不覚にもその不釣り合いな行動にギャップとしての魅力を…………。ダメだ。なにを馬鹿なことを考えているんだ。こんな見かけに騙されるんじゃない……。俺は両手で頬を叩くと、真っ赤に染まった顔を見せないように少し俯きながらなんとか話を切り出した。


「分かりました、もう分かったので……。先輩の姿でそんなことしないで下さい。女神様の力を疑ったりはもうしないので、お願いします………」


「うむ。分かれば良いのだ。では、戯れはこれくらいにして……、と………」


 先輩の顔で満足そうに笑顔を浮かべ、しなやかに指を打ち鳴らす。憧れの少女の姿が光の柱に吸い込まれ、女神は再び幼女の姿に戻っていた。


「……さて、そろそろ本題に入るとしようか。今回、お前をここに呼び寄せたのはある依頼に協力してもらうためだ」


 静寂。幼女はこちらに二歩近づく。


「既に昴弥から話は聞いているかもしれないが、改変世界は少年少女達の願望を叶えるために私が作ったものだ。自分の理想の姿として新たな人格を心の中に与え導いたうえで、新たな出会いと共にそれまでとは全く違う人生を切り開く。そうすることによって、少年少女達は心の機微を取り戻し、青春の輝かしい日々を送る事ができるようにしてきたのだ」


 二度目の静寂。幼女は歩く事なく、一瞬のうちに俺の真横に移動する。至近距離にまで近づいても、人ならざるものには温かみも感じない。淡々と読み上げられる文面が脳に直接入れられるような一方的なやりとりを、俺は初めて体感していた。


「しかし、今回はある者にその構造を狂わされ、何人かの人生が犠牲になろうとしている。私としても、十数年前の失敗があるだけにそのままその者達を見殺しにすることはできない。そこで……、今回白羽の矢が立ったのがお前ということだ。一条俊、お前は最初から異質だとは思っていたが、私は水蓮寺遥の件で確信した。ともすればお前は、主人公よりも特別な者になりうる存在だ。……だからこそ、自身の利害を超えて皆を救ってはくれないか?」


 長台詞は、純粋を超えて無の感情に近しいものになっていく。これほどまでに、断る勇気が出ない依頼は初めてだ。俺が首を項垂れるように縦に振ると、女神は悪戯に微笑んだ。

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