第72話 この世界の創造主
安心感で溢れる温もりの中で、俺はしばらくの間考えることをやめていた。しかし数分経って心に余裕ができてくると、少しずつ違和感に気づき始める。なんというか、この遥は俺が知っている遥よりも活力と安定感があるような気がしたのだ。
「遥………? お前、本物の遥なのか?」
疑問に感じた瞬間に、俺はハルカに問いかけながら、密着していた体を引き離す。するとハルカは少しだけ寂しそうに指で自身の頬を撫でながら、微笑した。
「……違うわ。私は水蓮寺遥の理想を具現化させた存在。つまり、遥にとってのなりたい自分ってところね」
「遥にとってのなりたい存在………」
「そう、私は水蓮寺遥を導くために作られたただの偽物。だけどアンタにも、私は何度も会ってるのよ。遥が逃げたくなったり、自分の殻に閉じこもってしまう時は、私が代わりに水蓮寺遥を演じてたんだもの。まあ……、ここ数週間はほとんど出番はなかったんだけどね…………」
再びハルカが寂しそうに笑うと、背後から大きく二回手が鳴る。振り返ると、背後には桃色の髪を
「ああ……。やはり男女の情というものは、とても繊細で、素晴らしいものだ………。特に脆い思春期のそれは、至極の美しさであると言っても過言ではない。おかげで私も……、やっと落ち着きを取り戻せた……」
「それはなによりです。ご主人様……、では私はこれで失礼します……」
「ああ、ご苦労だったな。ハルカ…………」
幼女が純白の袖を振り上げて、天に腕を掲げると薄いオレンジの光を放ちながら、丸い鏡が現れる。ハルカは名残惜しそうにこちらに手を振ると、そのまま鏡の中に吸い込まれていった。そして不思議な精神世界には、ぎこちなく見つめ合う二人の男女が取り残された。
「一条俊よ。さっきはすまなかったな。久々に人間と対面する興奮と、昴弥への憎悪でだいぶ取り乱してしまった。だが、お前に手を掛けるつもりはないのだ。気を悪くしてしまったのなら、許してほしい……」
長く光沢のある桃色の髪を垂らし、純白に光り輝く神々しい布に皺をつけながら、目の前の幼女は謝罪する。そこにはなんの混じり気もなく、ただ行いを悔いる気持ちしか感じない。目の前の存在は良くも悪くも純粋なのだと、俺は薄々気づき始めていた。
「……顔を上げてください。聞きたいことがたくさんあるんです。まず、あなたは一体何者なんですか?」
「そうか……、まだ正式な自己紹介はまだだったな。私の名前は
神にしては非常に小柄な体で、堂々と胸を張り名乗りを上げる幼女。俺は遂にこの世界の創造主と相対しつつも、自分より数十センチも低いその姿に威厳を見出すことができず、ただ困惑していた。
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