第71話 二人目の遥2
「フハハハハハハハッ!! 久々に愉快な気分だ! ここまでの胸の高鳴りは、何年……、いや何十年ぶりだろうな。やはり、お前達をここで招いて正解だった!」
高らかな声を上げながら、少女は嬉しそうに両手を天に掲げる。純白の袖からだらしなく伸びる細く綺麗な腕も、口から下品に出る可愛い声も全て遥と同じもの。赤の他人が化けていると分かっていても、俺は自分の大切な存在を侮辱されているような感覚に襲われて、だんだんと怒りが大きくなってきた。
「おい………。あんまり人を馬鹿にするなよ。お前がどんな存在なのかは知らないが、そんなことを続けるようなら俺は絶対に許さないぞ…………!」
「ほう…………! 今まで散々怖がっていた割には、強気な態度だな。やはり、同じ境遇を過ごし、共に課題を乗り越えた存在は大切なのか……。あの海デートも最高だったもんなあ………。特に最後の誓い立てを交わす場面は格別だった………。あれには、流石の私もときめきが止まらなかったぞ」
「どうして、それを………? あそこには、通行人一人居なかったはずなのに……」
恥ずかしさと混乱のあまり、俺はまた動揺する。すると少女は呆れるように鼻から息を吐き出して、再び嘲りの目を向けた。
「おいおい…………。よりにもよって、この状況でまだそんな寝ぼけたことを言ってるのか? 勘の鈍い馬鹿ならともかく、お前はそんなことはないはずだぞ? あんな不可思議な場所、普通の世界に存在するわけがないだろう。もちろん全て私が用意したものだ。となれば、そこで何が起きたかなど、全て把握できるに決まっているのではないか?」
「…………………………」
憎たらしい口調で語りかけられるのには、嫌悪感を覚える。少女にはノリででまかせを言っているような雰囲気は微塵もなく、俺は反論もできずに納得するしかない。すると、目の前にすらりとした人影が現れた。
「俊君、もう君も薄々気づいてはいるだろうが、そいつがこの世界の創造主だ。……まあ、それにしては随分と下品に見えるがな」
「ふん…………、お前にだけは言われたくないな。私との約束を捻じ曲げ、勝手に不幸を被った男のほうが、よっぽど下品で悪どいと思うぞ」
「それは………、彼女をお前がーーーー」
「うるさい」
少女がそう言いがら手を打ち鳴らすと、昴弥さんは光の地面に押し倒される。少女は不気味に瞳を見開いて、冷酷な視線を地面に向けた。
「昴弥。お前には、とうの昔に愛想をつかした。私は神の中でも相当慈悲深い部類に入るが、お前だけは絶対に許さない。今回の機会も、お前を救済するためのものなどではないのだ。皆を不幸にしたくなければ、これ以上介入するんじゃない………!」
少女が光の床に手をかざすと、這いつくばった昴弥さんを一瞬のうちに消し去った。あとには、何も残ってはいない。俺は力なく、そっと膝から崩れ落ちた。
人智を超えた圧倒的な力には、誰も勝つことはできない。俺も……、消されるのか………? そう思うと、全身から全ての力が抜けていく。
怖い。単純で圧倒的な恐怖に支配された俺の瞳からは、涙が落ちる。しかし、その水滴は光の床に辿り着く前に、差し出された細い指に吸い込まれていった。
「大丈夫……? アンタ、なんでこんなところで泣いてんのよ。ほら……、慰めてあげるから………。早く泣き止みなさい。一条が泣いてる姿なんて、気持ち悪くて見てられないのよ…………」
涙は柔らかい指に拭われて、震えた体は制服の温かみに包まれていく。二人目の遥は親のような安心感を纏って、ただ俺を抱き寄せていた。
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