第69話 始まりの場所
雨に濡れた地面に降り立ち、強い光沢を放つ車の扉を勢いよく閉める。そこから振り向くと、傘を差し出す昴弥さんと真っ赤に染まった大きな鳥居が視界に入った。
「ここは、神社……ですか? でも、どうして山奥にこんなに立派な神社が………」
「分からない。実をいうと、俺もこの場所のことをつい最近まで忘れていたんだ。今日ここまで来た道も、俺が直感でざっくりと指示しただけで、正確には全く分からない。それでもこうして辿り着いたのは、俺達がアイツに導かれているからなんだろう………」
昴弥さんは感慨深さを噛み締めるように、ゆっくりと鳥居をくぐり、山の斜面に合わせて造られたような角度の急な石段を上っていく。見上げると石段は何百段も続き、頂上の様子は深い霧に包まれて見えない。そうしているうちに前を歩く人影は、既に三十段ほど遠ざかっていた。俺は急いで滑りやすい石段を駆け上がり、なんとか昴弥さんに声が届く範囲まで近づいた。
「……この先に、昴弥さんが言っていた不思議な少女がいるんですか?」
「おそらく、そうだ。この石段を上ってすぐの社でアイツはきっと待っている」
「その人に会いに行って、なにをするつもりなんですか? 世界を改変できる存在なんて、俺達にできることなんて、何もない気がするんですが………」
昴弥さんは俺の弱音に反応し、黒い傘を翻して振り向く。整った顔立ちは、どの感情を俺に向けていいのか分からず、ただ複雑そうな表情にしか見えなかった。
「確かに……、君のいう通りなのかもしれない。もしも、俺達がアイツと会ったとしてもすぐに現状を変えることは不可能だろう。だがそれでも、君には世界の核心に触れる価値がある。アイツが俺の記憶を呼び起こして、君という存在を認識させるほどに、この世界において君は特別な存在のはずなんだ………!」
雨が強く降っている中でも、昴弥さんの声は重く耳に鳴り響く。不安と期待が織り混ざった強い感情に、俺は返答することはできず、また身体を硬くする。それを見て冷静を取り戻したのか、傘を捨てて駆け寄ると、子供をなだめる親のように俺を強く抱きしめていた。
「すまない………。君はまだ何も知らないのに、俺は自分の期待を押し付けてしまった。でも、これだけは信じて欲しい。君にはこの世界を変える可能性がある。だからこそ、核心から逃げずに向かっていってほしいんだ」
「…………………」
俺は何も語らず、昴弥さんの気持ちを全て受け止める。こうして抱きしめられていると、その人の心に直接触れているように感じる。この感覚は……、いつの記憶なんだろう………。温かさに心地よさを感じて、俺は傘を持っていた手の力さえも緩めてしまう。しかし、あれだけ降っていた雨はいつの間にか止んで、今は背中を夕陽の温もりが包んでいるだけだった。
「……そろそろか。アイツも、もうすっかり待ちくたびれて、さっさと来るように催促してるみたいだから早く向かってやろう。俊君、覚悟はもうできてるかい?」
「……大丈夫です。俺に何ができるか分かりませんが、やれるだけのことはやってみます」
「よく言った。それでこそ、俺が認める特別な存在だ」
昴弥さんが俺の頭に手を乗せた瞬間に、陽の光が強くなり、石段は猛スピードで足元を動いていく。そして、いつの間にか俺と昴弥さんは頂上の社の前に辿り着いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます