第66話 京極昴弥は憂鬱そうに

 扉を閉めると、俺は緊張のあまり息を吐く。いや、なんなんだこの展開は。異変が起きた直後も相当だったが、今回は訳がわからない。


 同級生の父親が超スーパースターで、異変のこともなぜか認識していて、そんな人が俺に大事な話があると呼び出す…………。ダメだ。整理すると、余計に訳が分からなくなってきた。


 ……だが、これはチャンスだ。異変を認知できるだけでも、強力な助っ人になる可能性は十分にある。この機会を活かすことができれば、先輩や遥を救うこともできるかもしれない。この状況を切り抜けるためには、絶対にミスは許されないのだ。


 これから有名人と何か話すというだけでも緊張するのに、大きな役割を勝手に背負った俺は、もはや熱で脳が溶けそうになるほど体を熱くしていた。外では扉越しにくぐもった歓声が続き、その音が途絶えるのを待っていると、それよりも先に扉が開く。京極昴弥はファン達から割れんばかりの拍手に最後まで手を振りながら、ゆっくりと車に乗り込んだ。


「ごめんね。ここまで多く人が集まるとは思ってなかったから、君をここまで待たせちゃって……」


「いえ、大丈夫です。京極さんがとても人気なのは僕も知っているので、これくらいはしょうがないと思います…………」


「ありがとう。あと、俺のことは名前呼びで大丈夫だよ。うちの家族とはもう仲良くしてくれてるんだし、リラックスして話そう」


「分かりました。……昴弥さん。僕はあなたに質問したいことがたくさんあるんです」


「そうだね。じゃあ、目的地に着くまでに君の疑問に答えることにしようか…………」


 昴弥さんは両手を組みながら、少し複雑な表情で俯いた。他人に見せる煌びやかな笑顔とは違い、鬱屈とした闇の片鱗が見える。今から口に出される事は、生半可な覚悟では受け取ってはいけない。俺は瞬時にそう感じ取って、力を入れて身構えた。


「この世の中には、なんとも不思議なことがある。物語でしか起きていないと思っていた出来事は、感じ取れないだけで実際には数多く起きている。そして、君や遥もそれに巻き込まれたんだ」


 昴弥さんは物語の一節を朗読するように、俺のいる状況を的確に説明していく。そして言葉は一旦途切れ数秒の間沈黙を挟むと、目の前の特別な存在は真剣な眼差しで呟いた。


「俺も覚悟はできている。君は曖昧な表現や、意味のない引き伸ばしは求めてないだろうから端的に答えよう。君の事やその周りの不可思議な出来事のことを認識できるのは、……俺がラブコメの主人公だったからだ」


 衝撃の事実に、俺は言葉を失う。昴弥さんはそんな俺を、懐かしさと憂鬱が入り混じった笑顔で温かく見守っていた。

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