第60話 引っ掛かりと疑問

「怖かった……。なんであんなことになっちゃったんだろう。私達、なにかやっちゃいけないことしちゃったのかな………?」


 遥は最初に戻ってからも、石立の姿が忘れられないられずに不安げな顔を覗かせる。俺はとりあえずさっきのような事態を回避するために急いで膝から起き上がると、心細さに震える遥の肩にそっと手を置いて、


「石立がなぜああなったかは、とりあえず考えないでおこう。あの状態は……、やっぱり危険だ。もし、何かの拍子に遥が巻き込まれたらと思うと………」


「そうね。美琴のことも気になるけど、まずは私達の安全を確保して行動しましょう。うかつに行動して、あなたを失ったら元も子もないもの……」


 そこで会話は一旦終わり、タイミングを見計らった俺達は冷淡な石立の来訪に備える。

しかしそのまま5分が経っても、部室の扉が開かれることはなかった。違和感という名の引っ掛かりと疑問が少しずつ溜まって、不穏な空気が漂い始めていた。

 

「おかしい。なんで、美琴はここに来ないのよ? まさか、タイムリープをしても無駄だっていうの?」


「いや、まだ分からない。とりあえずは今の状況を整理しないと………。でも、何から確かめればいいんだ?」


 分からない。何度もやり直して、同じルートを頼りにしてきたことで、それが破綻した瞬間に前に進むことが出来なくなる。失いたくないものが増えたからか、俺と遥は今まで以上に長考していた。そんな時、またしても予想外の出来事が訪れる。


 突如、ブレザーから高らかな着信音が響きわたり、遥は無意識のうちにスマホを手に取っていた。


「もしもし………? ママ、何でこんな時に掛けてきて………、え? 嘘、本当に? うん、うん……。分かった…………」


 会話は十数秒のうちに終わり、遥の手は震えることもなくすんなりと下された。しかし遥の目はさっきよりも一段と曇り、困惑を隠しきれない状態になっていた。


「遥? なにかあったのか? 霞さんはなんて言って―――――」


「お父さんが……、私のお父さんが帰って来るらしいの……。あと、俊に会いたいって………。俊ってお父さんのこと、知らないよね? これは、一体どういうことなの…………?」


「知らない。俺はその人には、一度も会ってない。本当に……。遥のお父さんは本当にって言ったのか………?」


 遥は居心地悪そうに下唇を噛みながら、黙って首を縦に振る。また少し不安と困惑の色が濃くなって、夕日はいつの間にやら落ちていく。暗闇に残された俺達は、ただほろ苦い表情で立ち尽くすしかなかった。

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