第61話 会いたくない人



 どうしても、会いたくない人がいる。



 中学に上がったばかりの頃、お父さんは私とママをおいてどこかに行ってしまった。理由は分からない。その時は私も自分のことに精一杯だったし、ママはなにも教えてくれなかった。ただママは一人で泣いていて、私はそれだけでお父さんを嫌いになった。


「ただいま。ママ……、帰るの遅くなってごめん。その……、大丈夫?」


「大丈夫?って、なんで遥ちゃんがそんな心配してるのよ。別にあの人と直接会ったわけでもないし、もう何年も経ってるから、昔みたいにはならないわ。それよりも遥……、一条俊君って何者なの? 遥の知り合い……?」


 ママはいつもと同じ笑顔で迎えようとしてたけど、それを超えるくらいの葛藤が表情を曇らせていた。そのくらい、起きている事態は私達にとって重大だった。今は、ママと俊を守らないといけない。私がみんなの間をつないで、一つにしないといけないんだ。冷静になるように意識しながら、私は両手を握りしめる。


「俊は同じ部活動の部員で、私の大事な仲間よ。でも、その子もお父さんとは会ったことないって言ってたから、なんでお父さんが知ってるのかは分からない………」


「そっか。まぁ、あの人は元々不思議な部分があるから、そんなに驚きはしないけど。それよりもあの人がこのタイミングで連絡してきた理由が知りたいわ。もうすぐで、いなくなってから4年経つっていうのに、なんで今更…………」


 失望も収まって、完全に冷めてしまった愛情は簡単には戻ってこない。日頃は誰よりも元気なママも、今日は生気を抜かれたようにぐったりとしている。


 これも、全部お父さんのせいだ。自分に魅力があるからって周りの全てを掻き乱すのがいけないんだ。そのせいで……、私とママは愛情を失ったんだ。


 思い出すだけで、涙が出そうになってくる。出来るならこのままずっと会いたくなかった。きっとお父さんは……、パパは優しくて素晴らしい人だから。会って、また離れた時の辛さで苦しくなるだけだから。でも、それでも私は…………。


「ママ……。私、お父さんに会ってみる。まずはお父さんの用事を済ませて、それから、ママのところに帰ってくれないか頼んでみる。それでもいい…………?」


「本当に、遥は優しい子ね。ありがとう。私は会う勇気が持てないから、全て遥に任せるわ。でも……、期待しすぎちゃダメよ。あの人は、周りの人全てにから……。私達は簡単に独り占めなんかできないの」


「分かってる。でもお父さんもなにか気持ちに変化があったかもしれないから、一応話してみる。全くダメだったら、マスターのところにでも行って慰めてもらうわ」


「そうね。どっちみちマスターのところには行く予定だから、失敗したら二人で愚痴りに愚痴ってやりましょう。それでも……、遥が傷付いたままだったら、ママにいっぱい甘えなさい。私はあなたが幸せなら、それでいいから……。だから、無理はしないで……」


「分かった。じゃあ、また終わったら話すから…………」


 私は言葉数を少なくして、急いでリビングから立ち去る。目頭が熱く、鼓動が早くなったのを感じた時、自分の中で悔しさと悲しさが入り混じって、私はまた現実から逃避したいという欲求に駆られていた。

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