第57話 海の輝き
夕日の色がオレンジから赤へと移り変わろうとしていく中で、俺と遥は海岸をひたすら走り続けている。きっと第三者の目線から見れば、青春特有の輝きで溢れているように見えるのだろう。しかし、今の俺にそんなことを感じる余裕は失われつつあった。
「遥さん……? いったいいつまで走ればいいんでしょうか? 俺は、もう疲れて、ヘトヘトになってきてるんですけど………」
「え……? 逆に聞くけど、もう走らなくていいの? 一般的に言えば、好きな女の子と海岸をロマンチックに駆け抜けるなんてご褒美でしかないというのに、それをあなたは自ら放棄しようっていうの?」
「いや……。ご褒美であることに間違いはないんですが、それにも限度があると言いますか……。ほら、好きな人の前で汗だくで不潔な状態になるのって男としてダメじゃないですか………」
「それもそうね。よし、じゃあ私に任せておきなさい。一瞬で俊の悩みを解決してみせるわ!」
そう言うと遥は不気味に瞳を煌めかせながら、少し体を左に傾けると容赦なく繋いだ右手を海に振り切った。
「うわぁっ! ちょっ……、お前………!」
全力で投げられてバランスを崩した俺の目の前には、打ち寄せる波がいっぱいに広がり、一瞬のうちに暗転した。夕方の5月の海は想像以上に寒く、俺は必死の思いで水面から頭を出した。
「おい、遥! いきなり海に投げるなんてお前、おかしいんじゃないか!? 唐突すぎて溺れるかと思ったぞ……!」
「だって俊が汗が止まらないって文句いうから、洗い流してあげたほうが良いのかなって思うでしょ? なんか海も涼しくて過ごしやすそうだし、なんなら褒めてほしいくらいだわ!」
遥はすっかりいつもの調子で高らかに笑い声をあげる。よし……、お前がその考えなら俺もやってやろうじゃないか………。俺は目をこすりながら考えをまとめると一気に足を曲げ、遥に向かって大声で、
「足が……、足がつかないっ!! 遥、助けてくれぇっ!」
「嘘でしょ!? 海岸でそんな深い場所があるなんて……。俊! 早く私の手に掴まって!! 俊……、良かった。大丈b…………!?」
血の気が引いた遥の顔は、強く手を引かれると更に真っ青になる。そして、俺は計画通りターゲットを海に引きずり込んだ。
「ぷはぁっっ……。ちょっと、俊! いきなりなにすんのよ!?」
「いやあ、遥が海は涼しくて過ごしやすそうだって入りたそうにしてたから入れてあげただけだろ? むしろ俺のことを感謝するべきじゃないのか?」
「なるほどね……。俊もなかなかやるじゃない。売られた喧嘩は買うまでよ。そっちがその気なら私も本気でやってあげる!」
「望むもんだ。よし、どこからでもかかってこい!!」
二人はお互いに発破をかけ合うと、勢いよく下から水を持ち上げる。水面から跳び上がった水滴は全てが眩く光を放ち、高々と腕をかかげる制服姿の少女は、輝かしい青春のひと時を全力で楽しんでいた。
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