第53話 ただ、一緒にいたいんだ

 一体何の用事だろう? 忘れ物でもしたのかな……? というか、さっきまで泣いてたからあんまり話したくないな……。涙を両手で拭いながら、私は携帯を数秒放置する。でも、そのまま無視するわけにもいけない。なんとか呼吸を整えて、震える電話を手に取った。


「「もしもし? 急に電話かけてきてどうしたの。桐葉ちゃんに怒られて慰めて欲しくなっちゃった?」」


「「いや、桐葉は意識を失ってる。遥、この電話をかけたのはお前に時を戻してもらうように頼むためなんだ」」


 そこから、彼は丁寧に私の能力についての説明を続けた。時を遡る力は後悔によって発動し、自分が思い描く理想を実現するために私は何度もやり直していた。今までの経験と照らし合わせても、違和感のない完璧な説明に私はすっかり納得した。そして、話は核心へと近づいていく。


「「遥。放課後からの出来事をやり直したいと念じてくれ。そうすれば……、きっと放課後まで時が戻るはずだ………」」


 彼は、小さくかすれた声で私に頼み込んでいた。そして当然のように私はその願いを聞き入れる。ベッドの上に携帯をそっと置くと、私は両手を組んで祈り始めた。


「「分かった……。今日の放課後までやり直すように………」」


 放課後から今までの出来事を思い返しながら私は一言も話すことなくただ時が戻るように念じ続けた。……それでも視界に光が溢れることはない。そうだ。戻るはずがないんだ。秘密を共有できるほど信頼できる人と二人きりで過ごした時間には、何の後悔もない。一条俊と共有した数少ない思い出をやり直したいなんて思わないんだ。



 そこで、私は初めて自分の曖昧な気持ちの正体が分かったような気がした。一条俊本人が気付かせたんだ。そして、彼は自ら時間の逆行を望んでいる。これは私のわがままじゃない。だから、とりあえずやってみよう。自分の予測が当たったら、自分自身を責めればいい。


「「ごめん……、一回切らせて。ごめんね、本当にごめん………」」


 ベッドに近づいて唐突に何度も謝ると、私は通話を終了させた。ふぅっと大きく息を吸うと、私は再び両手を組んで膝をついた。



 その瞬間、私の視界を光の渦が埋め尽くす。そうか……、やっぱりそうだったんだ……。光の中で私は既に罪悪感に包まれていた。


「「戻った……? 遥、俺達はなんでここにいるんだ……?」」


 光の後、膝下には彼の不思議そうな表情があった。予想通りだった。私は……、ダメな子だ。早希さんへの恋も全て知っているはずなのに……、それなのにもう我慢できないかもしれない……。本当に私はどうしようもない子だ………。


 さっきの願い。私は、自分のことだけを考えて、今それを叶えた。彼の説明によれば、中途半端な願望では時間は戻らない。つまり私は本気でこの状況を望んでいたことになる。



 そうか、私はずっと望んでたんだ。見えない所で何度も何度もやり直すのは、このためだったんだろう。こうして君と、何気ない日々を大切にするために私は強く願い続けた。ただ私は…………。



 ただ君と一緒にいたかったんだ………。



 自分の気持ちを受け止めきれず、私はまた秘密を抱えた。何度目かの放課後、夕日は顔には当たらずにただ一条の目を引き寄せる。その背後で私は手を瞳に当てながら、静かに心を閉じた。これ以上は、彼に迷惑なだけだから。もうここからは一人になろう。その決意の様子を見届けた後、視界はまた光に包まれていた。

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