第51話 暗闇の信頼と虹色の希望

「遥ちゃん、その髪型どうしたの? ツインテールなんて……、ママ初めて見たわよ。それに今、俊君のことを一条って………。あれ? 俊君て……、誰だっけ……?」


「ああっ! うるさいわね! ママもなんで一条なんかに私のことをベラベラと喋ってるのよ。プライベートのことに一方的に土足で踏み込むなんて最低……、本当最低よ……」


 いつになく不機嫌さとヒロインの癖の強さを見せつける遥に、店内はただ圧倒される。


 これまでは一貫して自分のペースを保っていた霞さんも、今日はヒロインのパワフルなキャラクターに勢い負けして、すっかり黙り込んでしまった。そして完全にこの場を制圧したことを確認すると、遥は大股で俺の元へと近づいてきた。


「一条……、とりあえずアンタはここにいちゃいけないわ。ママもここに用事があって来たんだから、邪魔することは私が許さない。さあ! 今すぐ私について来なさい!!」


「え……、遥ちゃん。どこ行くの? 私は別に大丈………」


 遥は強引に俺を外に連れ出すと、霞さんの言葉をドアで無理矢理さえぎる。朝と同じく気まずい二人きりの時間。俺は自分から話を切り出すことができなかった。


「それで……、なんでアンタはここにいるの? ママやマスターから私の話を聞いて一体何をしようとしてたの?」


「分からない。遥の昔の話を聞けば、先に進めるんじゃないかって思ったんだ。だけどそれも単なる言い訳なのかもしれない。俺は……、遥のことをちゃんと知りたかったんだ」


「嘘よ……。アンタ本当に私のことに興味があるわけ? 私は簡単に信用できない。だってアンタは……、誰にでも優しくなれる人だから……。だから、私にも無理矢理優しくしてるんじゃないの?」


「じゃあ逆に聞くが、なんでお前は俺が嘘をついたと思ってるんだ? 俺達はお互い、秘密を共有した仲だ。それだけで、十分俺を信用できるんじゃないのか?」


「違うわ……。確かにアンタは、私の秘密を知ったかもしれないけど、私はあなたのことを何も聞いてない。そう……、それだけは私の思い通りにいかないまま……、通り過ぎたのよ」


 遥はもはや自分を偽ることも忘れ、悲しみに震えていた。自分の悩みを相談できるだけで得た満足が消え、相手のことをもっと知りたくなって葛藤する。彼女の願いは、痛いほどによく分かる。…………早くその願いに応えなければ。そう決めた瞬間に俺の口は勝手に開き、で自らの過去を明らかにしようとしていた。


「俺は……、遥が望んで、それでもできなかったことを実現できる。遥が俺の世界を変えたように、俺も遥の世界を変えられる。だから……、今の状態でもう一度聞いてくれ。俺は必ず、お前の期待を超えてみせる」


 自分でも何を言っているか分からなくなるほど抽象的で曖昧な一言。しかし、その言葉には強い力があった。ぽつりとこぼれ落ちる涙。遥は、糸が切れたように反応を変えた。


「また……、変えてくれるの? 私の想像を超えてくれるの? その気持ちは嬉しい……。でも、信用できない。私の暗い過去と不安定な今が私をひとりぼっちにする。あなたは、それを知っても私を助けてくれるの?」


「ああ……、助ける。遥を包む不安をかき消すまで俺は何度だってお前を助ける。だから、なんでもいいから俺を頼ってくれ……」


 最後は声も絶え絶えになりながら、俺は深く頭を下げる。視界は古びたアスファルトで埋め尽くされ、耳にはただ深く息を吐く音が聞こえる。数秒後、遥の両手は俺の視線を彼女の元へと戻していた。


「なんでもって……、言ったわよね……? じゃあ一条、私とデートしなさいっ! そこで……、私の世界を変えて。お願い………」


 顔に手を添えたまま、遥は切なそうに笑いかける。彼女の希望と俺の意志。その二つが交差して、二人は虹色の光の中に消えた。

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