第49話 回想に浸る人

「会ったこともないのに、なぜか何回か会った記憶がある……。不思議ね…………。でも、なんだろう。こんなことは前にも起こった気がするわ……」


 霞さんは扉を丁寧に閉めて、マスターの表情をゆっくりと確かめると、深く息をつきながら俺の隣に座る。ただ、前を向きながら考えにふける大人の女性。そこには、いつもの無邪気な霞さんの姿はなかった。


「なるほど……。遥がここに連れて来てたのね。それで、俊君はどうして今ここに来たの?」


「詳しくは言えないというか、伝わらないと思いますが……。遥は自分を見失ってて、このままだと取り返しのつかないことになりそうなんです。だから、俺はそれを止めようと思って………」


「遥の心を救うために、あの子のことを詳しく教えて欲しいのね? 分かったわ。私が言える範囲で遥のことを教えてあげる。でも、その前に一つだけ質問してもいいかしら?」


「……はい、なんでしょうか?」


「あなた達、そして周囲の様子がおかしくなってたりしない? 例えば、なぜか出来事が起きたり……、とか?」


 マスターから差し出されたアイスコーヒーをストローで吸う合間に、霞さんは衝撃的な質問を漏らす。頭の中で言葉の意味を認識した途端に俺は息を荒らげ、勢いよく隣の席を凝視していた。


「なんで……、どうして霞さんがその事を知っているんですか……!?」


「私もなんでその事を知ってるかは分からないわ。つい最近までは、全く思い出すこともなかった。でも……、なぜか俊君を見てると、昔そんなことがあった気がするの……」


 まるで夢のように浮遊した現実の感覚を久しぶりに思い起こし、霞さんは懐かしさで目を細める。目の前にいるこの人物が、俺達と同じ経験をしているかもしれない。可能性は期待と心強さを感じさせ、俺は思わず目を輝かせる。しかしそれに気づくと霞さんは慌てた様子で、


「でも、私は細かい事は全然知らないよ!? なんとなく懐かしいなぁって思えるだけ……。だから、そんな期待しないで………。今、話したのもなんとなくそれをしないといけないって思っただけだから……」


「いいんですよ。ただ、この状況を理解してくれる人がいるだけで十分です。それだけでも……、本当にありがたいです」


「……ごめんなさい、俊君も一人で寂しい思いをしてたのね。じゃあ、話を戻しましょうか。遥のことについてだったわね………」


 霞さんは母性あふれる優しい眼差しを向けた後、再び回想に浸る。一言も聞き逃してはいけない、本当の遥から目を逸らしてはいけない。俺がごくりと唾を飲み込むと、空になったグラスの中で、氷が転がる澄んだ音が響いた。

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